「世の中に 雑草という 草はない」。
4月から放送が始まったNHK連続テレビ小説「らんまん」の主人公のモデルとなった牧野富太郎が残した有名な言葉である。植物をこよなく愛し「日本の植物分類学の父」と呼ばれる牧野博士は、その生涯を植物分類学の研究に費やし、1500種類以上の植物を命名した。
生まれ育った高知県は今も豊かな自然に恵まれ「歩ける植物図鑑」といわれている。その高知県の各地で博覧会「牧野博士の新休日~らんまんの舞台・高知~」が2023年3月25日から始まった。博士が愛情を注いだ四季折々の草花や、文化・芸術・食などの魅力を一気に体感できる博覧会となっている。
「自然、食、歴史、文化を満喫して」
JR高知駅からバスで30分。高知市を一望する五台山にある牧野植物園で3月25日、オープニングセレモニーが行われ、濵田省司高知県知事やドラマに出演している俳優の松坂慶子さん、中村里帆さんらが草花でできたくす玉を割って博覧会の開催を祝った。
松坂さんは牧野植物園が大好きで、訪れるのは4回目だという。「牧野博士は笑顔がチャーミング。努力の天才だったと思う」と話し、ドラマ「らんまん」に触れ「高知の良さがいっぱいあふれた映像がドラマチックに表現されている。博士の生い立ちも、植物も、とても丁寧に描かれているので、両方お楽しみいただけると思う」と魅力を語った。
濵田高知県知事は「高知の誇る自然や食、そして歴史、文化を満喫していただきたい。観光の起爆剤になることを期待している」と博覧会への思いを口にした。
自然の中で植物に巡り合う「牧野植物園」
牧野植物園は「植物園を造るなら五台山がええ」と言っていた牧野博士の言葉をもとに、博士が亡くなった翌年の1958年に開園した。博士に縁のある植物をはじめ、3000種類以上の草花が園内を彩る。
園内の牧野富太郎記念館 展示館では、牧野博士が実際に描いた植物図を見ることができる。植物が大好きだった博士は、植物図を描くことにもたけていた。植物園を案内してくれた(公財)高知県牧野記念財団の藤川和美さんによると「普通の植物学者ではここまで精密で丁寧には描けない」という。博士が描いた植物図は「牧野式」と呼ばれ、それまでになかった植物の種や植物の全体像を描こうと工夫を凝らしたもの。植物には個体差があるため、同じ種類の個体をいくつも観察し比較して、平均的な植物図を描いた。この「牧野式」により種の全体像を明らかにすることに成功した。植物図を見るだけで、博士の植物への探求心が伝わってくる。
展示館の入口には、牧野博士が仙台で見つけた新種の笹に名付けた「スエコザサ」が植えられていた。この名前は妻壽衛(すえ)さんの名前からとったもの。博士の研究を献身的に支え続けた壽衛さんは、スエコザサを発表する5日前に亡くなってしまったが、博士はスエコザサを自宅の庭にも植えて大切にしたという。最愛の壽衛さんをしのび歌った「家守りし妻の恵みやわが学び」、「世の中のあらむかぎりやすゑ子笹」の二つの歌は、愛情と感謝とともにスエコザサのとなりの石碑に深く刻まれている。
園内の「こんこん山広場」からの眺望は抜群。2023年は6月4日まで春のフラワーイベントが開催されており、いつ訪れてもきれいな植物が見られるよう、110種類計2万6千株の植物が広場を彩る。展望台からは高知の田園や街並み、四国の山々まで一望でき、草花と空の間で撮影ができるフォトスポットとなっている。季節によって変化する草花を観察するのも楽しみの一つとなりそうだ。
この他にも、青緑色のきれいな翡翠(ひすい)色の花を咲かせるヒスイカズラや、花の見た目が映画『スター・ウォーズ』に登場するダースベイダーのマスクのようなアリストロキア・サルバドレンシスなど、国内では見ることができない植物が観察できる温室や、植物に実際に触れて香りを楽しむことができる「ふむふむ広場」というエリアもある。植物の保全に力を入れている植物園ということもあって、一つ一つの植物の説明書きもかなり詳細に書かれていた。1日中いても、目と足が倍あっても見るものは尽きないくらい、充実したスポットとなっている。
「モネの庭」で絵画の世界観に没頭
牧野植物園からさらに東へ車で80分ほど走ったところに、モネの庭を再現した「北川村『モネの庭』マルモッタン」はある。フランスのジベルニーのモネの庭を管理しているモネ財団から唯一「モネの庭」を名乗ることが許可された庭園だ。モネがジベルニーで愛した庭を再現した3つのエリアには、牧野博士ゆかりの草花が数多く自生している。
モネの代表作「睡蓮」をイメージさせる水の庭には、ジベルニーのモネの庭から株分けされた睡蓮が植えられている。モネが咲かせたいと言い続けていた青い睡蓮。モネの願いはジベルニーではかなわなかったが、高知県の「モネの庭」で6月から10月にかけて見ることができる。この庭の管理を一任されている庭師の川上裕さんは「モネがどうしたかったのかを考えて、モネの精神を庭で表している」とこだわりを語った。
モネの世界観が再現された花の庭は、色とりどりの草花で活気にあふれていた。ジベルニーに比べて高温多雨な高知県北川村。ジベルニーのモネの庭と同じ花を同じように咲かせることはできないが、東側は寒色、西側は暖色になるように、色彩を統一しているそうだ。
「牧野富太郎といえば野草のイメージがあると思うが、園芸植物も非常に好きだった。もしこの二人が出会っていたら面白かったと思う」と川上さん。植物が好きという点では、牧野博士とモネは似たようなところがあったのかもしれない。
シダに覆われた幻想的な伊尾木洞
牧野博士が何度か植物採取に訪れた伊尾木洞。土佐湾に面した町の中の小さな用水路をさかのぼっていくと、いきなり洞窟が現れた。海水で浸食されてできた洞窟を抜けると、50種類以上のシダ植物の群生が広がっていた。伊尾木洞に生息しているシダは日本列島の温暖な地帯に広く分布しているが、多くの種類が1カ所に生息することは大変珍しく、国の天然記念物に指定されている。
記録によると、牧野博士は朝の9時ごろから伊尾木洞に入って、昼過ぎまでいたという。40メートルの洞窟を抜けた先には、川のせせらぎや鳥の声のする、緑いっぱいの神秘的で幻想的な世界が広がっていた。牧野博士が日常を忘れて長時間滞在したのにも納得できる。
高知県観光博覧会「牧野博士の新休日~らんまんの舞台・高知~」は2024年3月31日まで開催している。牧野植物園をはじめ、牧野博士のふるさと佐川町の牧野公園・牧野富太郎ふるさと館や、越知町の横倉山自然の森博物館周辺がメインエリアとなる。その他にも高知駅のこうち旅広場や、2023年3月に全面リニューアルした桂浜公園ではネイチャースポット以外にも食や歴史についての情報発信も行っている。
牧野富太郎ゆかりの地を巡り、牧野博士の愛した植物を五感で感じてみるのはどうだろうか。