『正欲』(11月10日公開)
不登校の息子が世間から断絶されることを恐れる検事の寺井(稲垣吾郎)。ある秘密を抱え、自ら世間との断絶を望む寝具販売員の夏月(新垣結衣)。夏月の中学の同級生で、彼女と秘密を共有する佳道(磯村勇斗)。心を誰にも開かずに日々を過ごす大学生のダンサー大也(佐藤寛太)。大也と同じ大学に通う男性恐怖症の八重子(東野絢香)。一見無関係に見えるそれぞれの人生が、ある事件をきっかけに交差する。
『あゝ、荒野』(17)『前科者』(22)に続いて、監督・岸善幸と脚本家・港岳彦のコンビが、朝井リョウの同名小説を映画化。家庭環境、性的指向、容姿などさまざまな“選べない”背景を持つ人々の人生を描く。
キャッチコピーに「あってはならない感情なんて、この世にない。それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ。共感を呼ぶ傑作か? 目を背けたくなる問題作か?」とある。
なるほど、この映画は特異な人物を登場させ、彼らの姿を通して「普通とは何か?」「多様性とは?」「正しい欲とは?」「人と違うことは駄目なことなのか?」といった問い掛けを行っている。屈折した難役に挑んだ新垣、磯村の好演も目を引く。
とはいえ、正直なところ、自分は稲垣が演じた“常識人”を気取る寺井と同じ視点で登場人物たちを眺めていた気がする。もちろん、彼らの行動を理解できるところもあるが、根本ではどうしても共感し切れなかったのだ。特に水フェチと小児性愛を絡めたところには疑問が残った。
ところが、先に行われた東京国際映画祭で、この映画は最優秀監督賞と観客賞を受賞した。観客賞はこの映画に共感した人が多かったことを意味する。となると、この場合は映画に共感できない自分の方がおかしいのか、マイノリティーなのかという思いにとらわれた。図らずも、映画のテーマを自分自身が体感するという不思議な感覚を抱かされたが、それこそがこの映画の狙いだったのではという気もした。