人口減少で働き手の絶対数が減る一方で、デフレ脱却後の経済復調への期待で労働力需要が高まり、空前の人手不足時代を迎えている日本。限られた人材リソースの有効活用という、これからの日本経済にとって死活的に重要な課題を担うのが人材サービス会社だ。「世界で最も公平で専門性の高い」サービスを標榜するランスタッドは、公平・多様性・包摂を意味する「ED&I」への取り組みを進めることで、このミッションに挑んでいる。ランスタッド株式会社の猿谷哲社長に聞いた。
▽社会インフラ
―労働市場の現状をどう見ているか。
各企業は、いかにブランドを高め、人を引きつける存在になるかを経営課題の中心に据えないといけない時代だ。人手不足は世界的な傾向だが、日本では特に新型コロナウイルスの影響でキャリアチェンジを強いられた人の多くが、経済活動が復活しても元の仕事に戻って来ない状況が続いており、各企業の採用難度が高くなっている。
私たちの役割は、労働市場の需給バランスを見ながら、必要とされている人材リソースを必要なところにアサイン(割り当て)したり、ある仕事で経験を積んだ人に新たな成長のチャンスとなるキャリアを提供したりすることだ。このように、これからの経済発展に欠かせない社会インフラとして機能することが人材サービス会社の使命だと考えている。
―人材サービス会社の重要度は増している。
その通り。2000年代は、必要な労働力を集めるという形だった。それが2010年代になると、(労働力の)絶対数だけでなく、必要な時に必要な能力のある人をいかに確保できるかが中心になった。最近は、採用という側面からさらに進んで、人材の育成や定着といったことに関しても、企業側からのリクエストを受け、対応している。
例えば、人工知能(AI)やテクノロジー分野は、人材の「不足」を通り越し「取り合い」の状況だ。そうした分野では、大学の専攻でもなければ、これまで従事したことのない未経験者に対し、私たちが基礎的トレーニングを施し必要な人材として育成している。従来は企業が個々で行っていた採用、トレーニングといった〝前工程〟を人材サービス会社が担うという流れができつつある。また、こうした労働転換は、政府も「リスキリング」として推進しようとしており、私たちが果たすべき社会責務の一つと捉えている。
▽ヒューマンタッチ
―ランスタッドではライフステージに応じたサポートを打ち出している。
人生百年時代を迎え、ランスタッドというインフラをキャリア形成のワンストップのサービスとして使ってほしいと思っている。一生涯ランスタッドと付き合っていただき、キャリアを一本の線として描いてもらいたいと願っている。まず学生時代のアルバイト探し、次は最初の就職、そして転職、その先も結婚や介護といったライフイベントを機に違う働き方をするケースもあり、そうした事情が落ち着いてキャリアアップを目指したり、シニアとして活躍の場を探したり、などといったそれぞれのステージで対応できるワンストップサービスを用意している。
―サービスを利用した人との関係継続は。
長い人生、ワンストップでキャリアを作ってもらうには、その時だけの関係で終わってはいけない。私たちが紹介した仕事に就業いただいた方には、担当のコーディネーターが「どうでしたか」とフォローアップし、追加のニーズがないかをヒアリングするようにしている。こうしたプロセスをどんどんデジタル化している社もあるようだが、私たちはヒューマンタッチを大切にしている。
最近は、派遣スタッフに、ツールを使ってその日の気分によって「晴れ」や「雨」などのアイコンを押してもらうサービスを始めた。この部分はデジタルだが、まずは気軽にストレスのない状態で意思表示をしてもらうことが目的だ。その上で、例えば前回まで「晴れ」だった人が急に「雨」になったのなら、それは何かのサインだと受け止め、早い段階でコンタクトして寄り添うことで問題解決につなげていければという考えだ。
▽活躍のステージ
―ED&Iの取り組みを始めたきっかけは。
この言葉は、Equity(公平)、Diversity(多様性)、Inclusion(包摂)の頭文字だ。中でも私たちは企業メッセージとして「公平」を前面に打ち出している。似た価値観のEquality(平等)だと、すべての人に同じ条件を与えることになるが、公平はさまざまな特徴や価値観を持った一人一人に応じた環境や条件を整えることを意味する。例えば、全員に同じ自転車を与えて乗りなさいというのでなく、多様な働き手にそれぞれの体にあった使いやすい自転車を提供することで、それぞれが十分に能力を発揮できるという考え方だ。
ランスタッドは、そうした価値観の先進国であるオランダの企業で、最初は本社から(課題として)展開されたというのが正直なスターティングポイントだ。ランスタッドが日本で活動を本格化させる2010年代の動労市場は、年齢や性別、障がいのある人、性的マイノリティーなど人材の多様性への意識が芽生えはじめた時期だった。ただ、時代を先取りする形で取り組みを進めていく過程で気付いたのは、人材サービスのマーケットが多様化していく以上、まず私たち自身が多様化しないと正しいサービスを届けられないということだった。
―まずは社内の意識改革から始めた。
私たち自身の中にも「採用職(コーディネーター)は女性」といったさまざまなアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)があり、決して簡単ではなく、時間のかかる取り組みだった。
現在ランスタッド・ジャパンでは精神障がいがあると申告した社員も採用職に従事している。最初はかなりハードルが高いと思ったし、勇気のいる意思決定の一つだった。しかし、リモート中心の働き方や、コミュニケーションの取り方、長時間の労働をコントロールするなど、その人にあったケアが必要なことを一つ一つ把握して対策をとっていった結果、他の社員とまったく変わらない活躍をしてもらっている。
どのような立場の人でも、一人一人にあったサポートをすることで、その人の活躍のステージを作ることができる。公平という価値を実際の成果として示せたことは、人手不足下での人材の有効活用という点で大きな社会貢献になると思っている。
―ED&Iのビジネス面への影響は。
私は人権だとかCSR(企業の社会的責任)だとかきれい事だけを言うつもりはない。中には、こういう取り組みをイメージアップのためにやっている社もある。しかし、多様化した労働市場で、人を引きつける組織になり、いい人材を採用し、定着してもらいたいなら、ED&Iの取り組みは不可欠だ。そのことは、いつも企業の人事担当者にお伝えしている。最近よくフォーカスされるLGBTQ⁺など性的マイノリティーへの理解促進を例に取っても、そのような取り組みに 前向きな企業はそうでない企業と比べ採用力が圧倒的に高いということを、私たちは日々のビジネスの中で実感している。
1990年代半ば以降に生まれたZ世代と呼ばれるような若い人たちは、ED&Iへの取り組みを企業を選ぶ際の重要な基準に挙げる傾向がある。調査では、働き手の5人に1人が、性的指向、性別、障がい、民族、宗教など何らかの特徴で自分をマイノリティーだと感じている。一人一人を個人として尊重する文化があって、そういう発信がある企業は「人に優しい」というイメージを得ることができる。それは、働き手から見ると、マイノリティーであるかどうかに関わらず「自分も大切にされるだろう」という感覚につながる。
▽帰属意識
―ランスタッドの強みは。
強調したいのは、オランダ本社の人たちは、ED&Iという言葉を帰属意識(belonging)のことを語る文脈で使うということだ。彼らにとってある組織への帰属意識というのは、ただ単にそこに属していたいということだけではなく、会社や経営者が大切にしている考え方が、自分の価値観と一致した時に初めて生まれてくるもののようだ。
ランスタッド株式会社は、人を中心に考え、派遣スタッフも含め社員が働きやすい会社であることを大切にしている。そこに対して社員が価値を感じてくれ、その価値に所属し、一人一人がそのためにできることを真摯(しんし)に考えてくれている。企業としてとても強い組織になっていると自負している。
さるや・さとし 1975年群馬県高崎市生まれ。高崎経済大学卒業後、日興証券に入社。2000年、北関東を中心に人材派遣業を展開していたフジスタッフに入社。2010年、ランスタッドがフジスタッフを買収。営業企画部門などを経て、2014年に取締役、2015年1月に取締役副社長、同年10月に代表取締役社長。趣味は音楽、スポーツなどのライブ鑑賞・観戦。「群馬をこよなく愛している」と公言する。