私たちの生活のさまざまなシーンで欠かせないプラスチック製品。ペットボトル、食品用ラップ、自動車のダッシュボード、バンパー、医療面では医薬品の容器やカテーテル、テレビやスマートフォンといった電子機器の部品など、幅広い分野で利用されている。
一方、プラスチックは廃棄ごみによる世界的な海洋汚染問題や、その多くが有限資源である石油を原料として製造されていることで、枯渇するとプラスチックが作れなくなるという問題もある。また、プラスチックを製品として使用した後、プラスチックの多くが焼却処理されており、二酸化炭素(CO2)排出問題など、いくつもの課題を抱える。これらの課題を解決するために、日本でも2022年4月には、使い捨てプラスチック製品の削減を目指す「プラスチック資源循環促進法」が施行された。
「必要不可欠で便利だけど、環境への課題解決は急務だ」という〝難問〟の解決に向け、化学メーカー大手の住友化学(東京)は2021年、リサイクル技術を活用して得られるプラスチック製品について、ブランド「Meguri」(メグリ)を立ち上げ、一つの解決策を打ち出した。再生されたプラスチックを、ジュエリーや自動車部品などの身近な製品に、生まれ変わらせたのだ。
同社で資源循環のプロジェクトに取り組んでいる、炭素資源循環事業化推進室の野末佳伸(のずえ・よしのぶ)部長に、プラスチックのリサイクル状況や、「Meguri」の取り組みについて聞いた。
▼「リサイクルの現状」
―そもそもプラスチックとはなんですか。
「基本的に多くのプラスチックは石油から作られます。石油から蒸留・分離することで、色々な種類の油が得られますが、そのうちのナフサと言われる非常に軽い油分を分解し、プラスチックの原料にするというのが一般的な形になります。ちなみに、プラスチックという名称は「形を作る」や「成形可能な」という意味を持つギリシャ語やラテン語に由来しているといわれています」
「プラスチックというのは紐状の高分子化合物です。高解像度の特別な顕微鏡を使って観察していきますと、ミクロな紐状の分子となっている高分子を確認することができます。プラスチックには、①加熱をすると柔らかくなり、好きな形に加工できる②物性が安定している③とても軽い④多くのプラスチックは手に取りやすい価格である――などの特徴があります。これらの特徴から、プラスチックは非常に幅広い用途に使われています。生活の質の向上を目的としてこれまで、いろいろな企業が、さまざまな種類のプラスチックを作り、それを世に出してきています」
―プラスチックの中で、生産量が多いものはなんですか。
「プラスチックの直近の生産量は、世界全体で4億トン強といわれています。一番多く生産されているプラスチックの代表選手は、ポリエチレンやポリプロピレンという素材になります。全生産量の約半分を占めます。ポリエチレンの特徴は、非常に柔らかく、油や薬品に強いという性質があります。用途としては、レジ袋、食品を包む包装などです。ポリプロピレンも、熱に強く、100度でも変形しないことから、食品包装、医療器具、自動車部品などに利用されています。問題になっているストローにも使われますね」
―日本のリサイクルの現状はどうなっていますか。
「日本では、約1千万トンが生産され、そのうち、いわゆる廃プラスチックとして、廃棄される量は800万トン強と推計されています。うち約87%がリサイクルに回っているという状況です。つまり、日本では現在、リサイクルがかなり進んでいるように感じられるのではないかと思います。しかしリサイクルといっても廃プラスチックを燃やして熱を回収するリサイクル、いわゆる『サーマルリサイクル』も含めた数字となっていますので、これらをいかに『プラスチックにリサイクルするか』が重要となってきます」
「昨年末の韓国・釜山で開かれた、プラスチックごみ汚染に対処する条約策定に向けた政府間交渉では、プラスチックの生産規制をめぐる各国の意見の相違から、最終合意が得られず、議論が継続されることになりました。〝川上〟にあたる生産規制の議論はとても重要なテーマですが、それと同じくらい、プラスチックが、自然の環境下で簡単には分解されず、いつまでたってもなくならないという問題も併せて考えなければいけません。プラスチックは適切に処理をしないと、いつまでも残存し、環境に悪影響を与えてしまうという点は、しっかりと認識をしておくべきでしょう」
―日本では使い捨てプラスチックを燃やすという処理が多いのですね。
「日本では、廃プラスチックを燃やし熱として利用する方法が多いといえます。しかし、燃やすことで結局、二酸化炭素(CO2)が排出されますので、CO2排出の観点から考えてみると、問題があるでしょう。また、有限な石油資源を原料とするプラスチックをどんどん燃やしていくと、プラスチックに再生できず、最後には枯渇してしまうという点を考えれば、資源が再生可能ではないという問題も考えるべきです」
―私たちの身近にあるペットボトルも燃やすのですか。
「燃やされているケースはほとんどないと思います。実は、ペットボトルはとてもリサイクルしやすい製品になっています。ペットボトルというのは、『PET(ペット)』と言われるプラスチックだけでできているからです。処理をすれば、非常にきれいな状態に戻りますので、基本的に回収されているペットボトルについては、再利用されています。ペットボトルに関していえば、とても効率的なリサイクルができるといえます。ただ、ペットボトルを捨てる際には、キャップの部分とラベルの部分はPETとは違う種類のプラスチックですので、剥がすなど分別して処理したいですね」
―他のリサイクル方法を教えてください。
「先ほど説明した、廃プラスチックを燃やし、熱を回収するという『サーマルリサイクル』のほかに、廃プラスチックを粉砕した上で再度加熱・溶融し成形加工する『マテリアルリサイクル』と、化学反応により分子レベルまで分解して再利用する『ケミカルリサイクル』などに大別できるかと思います。現状では、燃焼熱を利用する『サーマルリサイクル』を除くと『マテリアルリサイクル』がほとんどです。『マテリアルリサイクル』は、『ケミカルリサイクル』に比べて、処理をする際のエネルギー消費が低い、という利点があります。『マテリアルリサイクル』は、簡単に言ってしまえば、廃プラスチックを熱で溶かし、再び製品にするという方法ですので、プラスチックを構成する高分子という紐状の分子を分解するという面倒がありません。CO2の排出問題の観点からみても、理にかなっていると思います。ですから、資源を循環させる観点では、できる限り、『マテリアルリサイクル』で回せるものは回していくというのが、一つの正しい在り方だと考えています」
―「マテリアルリサイクル」の課題もあるのですか。
「プラスチックを、そのまま熱で溶かしてそのままプラスチックとして再生利用する『マテリアルリサイクル』の場合、汚れがあったり、製品使用しているうちに内容物などからいろいろな成分が混ざってしまったりすることはあります。いったん混ざってしまうとそれを除去することが困難だという現状があります。そうすると、どうしても使用場面における品質の要求が高いところでは使いにくいという課題が出てきます。 例えば、食品の包装で使ったものを『マテリアルリサイクル』によりもう一回食品の包装に利用することは、とてもハードルが高いですね。 食品は衛生がすごく大事ですから、何が混ざっているのか分からないものは簡単に再利用できないわけです」
「品質要求が厳しいプラスチックについては、『マテリアルリサイクル』で回していくのはなかなか難しいところがあり、そこで、『 ケミカルリサイクル』という化学のプロセスを活用した手法で回そうという考え方があります。『マテリアルリサイクル』に比べてエネルギーがかかるという課題がありますが、廃プラスチックを燃やすより、ケミカルのプロセスを通してプラスチックに戻す方が合理的であると思います。理想は、できるだけ燃やしておしまいにするのではなく、品質の要求が相対的に厳しくない『マテリアルリサイクル』に利用できる廃プラスチックの量をどんどん増やし、品質要求が高いものについては、『ケミカルリサイクル』を使って回していく、という姿ではないでしょうか。世界では、『ケミカルリサイクル』に向けた投資というのがとても活発化しています」
「当社はケミカルリサイクル技術を活用して得られた素材を『Meguri』のブランドで株式会社スタージュエリー(横浜市)様に提供し、素材としてお使いいただいたアクリルジュエリーが、2024年4月に売り出されました。再生100%のアクリル素材がジュエリーに使われるのは、国内初めてということです」
▼「創業の精神への原点回帰」
―住友化学は2021年8月に「Meguri」ブランドを公表しました。
「当社は、経営の重要課題の一つとして、プラスチック資源の循環を含めた環境への負荷軽減への貢献を掲げています。『プラスチック資源循環促進法』への対応が求められるほか、お客さまから環境負荷を低減できる製品を求める声が増えていました。そのようなことを背景に、社内のさまざまな部署から若手社員を集めて、新たなプラスチックのブランドを立ち上げようと動きました」
「リサイクル商品を出していくにあたって、お客さまに安心していただくためにも、住友化学としてしっかりと、再生するプラスチック原料から、出口となる品質までを厳しくチェックしています。リサイクル製品ということを、世の中に広く認知していただくために、『Meguri』というブランドを誕生させました」
―「Meguri」がホンダの電気自動車(EV)に使われています。
「ホンダ様の新型電気自動車(EV)のフロントグリル向けに、当社のマテリアルリサイクル技術によって得られた『ノーブレンMeguri』を提供しております。当社とホンダ様とで目指したのは、リサイクル素材だからこそ実現ができる、〝この1台だけのデザイン〟への価値転換でした。この製品は、自動車バンパーで用いられたポリプロピレンのリサイクルにあたって、これまで見た目が悪くなるとして除去されていた塗膜を、あえて除去せずに混ぜあわせています。そうすることによって、表情豊かなユニークな素材を作り上げました」
「プラスチックの資源循環の取り組みは、当社の創業の精神への原点回帰でもあります。住友化学は別子銅山で、銅を製錬する際に発生する亜硫酸ガスによる煙害を克服するために、そのガスから肥料を製造するという目的で設立された経緯があります。事業を通じて、社会課題の解決に結びつけるという創業の精神が、このブランド『Meguri』を通じ、サステナブルな社会の実現を目指すという取り組みにも宿っていると思います」
「2024年6月に、千葉県の袖ケ浦市に新研究棟を開設し、脱炭素化やリサイクルなどの知見を持つ約400人を、いくつかの研究所から集めました。ここでは、廃プラスチックを、『マテリアルリサイクル』や『ケミカルリサイクル』を活用して再利用をする技術の開発などの環境負荷低減技術と、新素材開発の拠点となります。新しい研究所は社員同士の交流が生まれ、自由闊達(かったつ)な議論ができるよう、オープンスペースが多く設置されており、開発のスピードも上がるのではないか、と期待しています」