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「この世界は、まだ美しい」 【サヘル・ローズ✕リアルワールド】

 飛行機の窓から見えたイタリアの海は、深い青に光っていた。まるで、たくさんの記憶がそこに溶けているようだった。

 ローマ、フィレンツェ、ベネチア、そしてミラノ。どの街にも、歴史の重さと、人々の生活のぬくもりが、ともに息づいていた。古い石畳を歩くと、2千年前の人の声が、風のように聞こえてくる気がした。

 ローマでは、政治の街の顔を見た。今のイタリアは右派政権が続いていて、移民の問題、若者の仕事の不安、南北の経済の差、いろんな課題を抱えている。

 でも街を歩く人たちは、そんな難しいことを越えて、内面は分からないが、それでも笑顔で生きている。朝のカフェでラテを飲みながら、「生きるってこういうことだ」と思った。小さな幸せを大切にする姿に、静かな強さをも感じた。

 フィレンツェでは、芸術の力に圧倒された。

 アカデミア美術館で、ミケランジェロの「ダビデ像」の前に立った。白い大理石の中から、まるで息づくように浮かび上がる人の姿。静けさの中に、力と祈りが同時に宿っているようだった。その瞳の奥には、恐れと希望が混ざっていて、見つめられるほどに、自分の心の中も見透かされるような気がした。

 ルネサンスの時代、人間の美しさや可能性を信じた人たちがいた。戦争や病があっても、「人々は創(つく)ることをやめない」。その信念が、今もこの国の血の中に流れている気がした。

 ベネチアでは、海の匂いが心に残った。運河の上を行き交う船、窓辺の花、ゆっくりと流れる時間。

 けれど、その美しさの裏で、気候変動の影もある。毎年のように洪水が街を襲い、人々は水とともに生きる術(すべ)を探している。

 それでも、彼らは諦めない。「この街は、私たちの心そのものだから」と、ホテルの老婦人が言った。その言葉に、涙がにじんだ。

 旅の途中、ニュースでパレスチナ自治区ガザとイスラエルの情勢が流れた。街のカフェのテレビから聞こえる映像に、誰もが黙り込んだ。遠く離れた国で起きていることなのに、その沈黙はどこか身近だった。平和な広場の光の中で、私は思った。

 人はどこにいても、誰かを傷つけ、また誰かを守ろうとする。祈る人の手と、泣く人の手が、同じ空を見上げている。その現実を前に、私はただ、胸の奥で問い続けた。

 「人間は、いつになれば、憎しみよりも愛を選べるのだろう」と。

 ミラノでは、若者たちの声を聞いた。「未来が見えない」と話す子が多かった。物価が上がり、仕事は不安定。それでも、夢を追う彼らのまなざしはまっすぐで、美しかった。 

 「生きることは、デザインすることだ」と1人は言った。たぶん彼女の話した「デザイン」というのは、洋服や建物だけではなく、「生き方」の形そのものなんだと思う。

 旅をしながら、私はイランでの幼い日々、日本でのこれまでを思い出した。どの国でも、人が人として生きるには、資源や財源はもちろんだが、やはり、愛と希望が必要なんだと感じている。

 世界は分断や争いのニュースであふれている。けれど、人の目の奥には、共通する優しさがある。それは国を越えて響く「祈り」のようなもの。私はそれを見つけるために、旅をしているのかもしれない。

 帰りの飛行機の中で、私はノートを開いた。ページの上に、ただひとこと書いた。

 「この世界は、まだ美しい」。それは希望ではなく、確信だった。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.47からの転載】

俳優・タレント・人権活動家。1985年イラン生まれ。幼少時代は孤児院で生活し、8歳で養母とともに来日。2020年にアメリカで国際人権活動家賞を受賞。