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人口12人、最後の一人になっても 「旅作家 小林希の島日和」

 夏の終わりに、高知県宿毛市の沖合約23キロにある鵜来島(うぐるしま)へ向かった。定期船は本土の片島港から朝夕の2便しかない。夕方便で行き、1泊することにした。

 鵜来島は周囲わずか約6・7キロと小さく、人口はたったの12人。港を囲うように山があり、港から山腹にかけて民家がぎゅっと並んでいる。カラフルな色の建物が目立ち、少し異国の島のようにも見える。ただ、よく見ると空き家だらけで、朽ちかけた建物が多い。

 船が去った後の島内は、静寂が広がった。時折、お腹(なか)を空(す)かせたヤギの鳴き声が空に向かって響いた。

 そんな中、人の気配があり、明かりが灯(とも)る場所はホッとする。2015年に、女将(おかみ)さんの田中稔子さんが開業した「しまの灯(あか)り」という宿は、古民家カフェとしても営業している。旅行者だけではなく、島の人たちも集まっておしゃべりをする。そんなコミュニティーの場にもなっているそうだ。

 夜になり、島の食材をふんだんに使った稔子さんの手料理をいただきながら、彼女との会話が弾んだ。こういう時、思いがけず島暮らしの本音を聞く瞬間がある。

 「私はね、15歳の時に島を出て、ここに戻ってきたのは約40年後の2011年。自分のしたいことができるんだと帰ってきたけれど、うまくいかないことがたくさん。島のためにと思ってやっても、理解されないこともある。それでも、決して損得勘定では動かなかった父の影響もあってね。島で最後の一人になっても頑張るつもり」

 12人しかいない島で、稔子さんの「最後の一人」という言葉が、妙に現実味を帯び、遠くない未来への意思表明に聞こえた。

 「さ、お風呂へ入ってきたら」と教えられた風呂場は、港に建っている廃校の地下にある。その昔、公共風呂として作られたようだが、夜の学校はちょっと怖い。猛ダッシュでシャワーを浴びて、それから潮風にあたろうと桟橋を散歩した。

 そこで、釣りをしていた島のおじさんがいて、「こんばんは」と声をかける。「今日はあまり釣れん」と始まって、少しだけ会話をする。その瑣末(さまつ)な会話の中にも島の現実が見えた。「昔、港から見えるこの山はてっぺんまで段々畑でな。サツマイモや麦を作っておったけど、今はこのとおり本来の山に戻った」。人が生み出した景色も、人がいなくなれば消えてしまう。でも、それを諦めたくないという人もいる。キラキラと瞬く星の下、宿へと戻った。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 41からの転載】

KOBAYASHI Nozomi 1982年生まれ。出版社を退社し2011年末から世界放浪の旅を始め、14年作家デビュー。香川県の離島「広島」で住民たちと「島プロジェクト」を立ち上げ、古民家を再生しゲストハウスをつくるなど、島の活性化にも取り組む。19年日本旅客船協会の船旅アンバサダー、22年島の宝観光連盟の島旅アンバサダー、本州四国連絡高速道路会社主催のせとうちアンバサダー。新刊「もっと!週末海外」(ワニブックス)など著書多数。