
未来世代のはばたきを応援する「はばたけラボ」は、2001年に香川県で産声を上げた食育活動「子どもが作る弁当の日」を応援しています。25周年を迎える今年、提唱者・竹下和男氏が全国から集まったエピソード応募作品を通じて、子どもたちのみずみずしい成長を伝えます。本企画は、本サイトと連動してお届けします
▼「魚をいただく」(「弁当の日おいしい記憶のエピソード」共同通信社賞受賞作品)
小アジをからあげにして食べようした想太さんが朝早くに釣りに出かけたとき、小アジは食べ物でした。入れ食い状態で、山のように釣れた小アジやイワシも、命ある生き物というよりからあげ用の食べ物でした。
台所で、いただいたタイのうろこ取りをしていて背びれで手をケガしました。痛くて泣きそうになりました。想太さんは小さなケガをしましたがタイはすでに殺されています。小アジは腹を切り取って内臓を取り出し、頭を切り落としました。20個(添付写真から想定)近い小アジの頭にある目が想太さんを見ているように見えました。想太さんの頭の中で、小アジが食べ物から少し生き物に変わっています。コショウをふりかけ片栗粉をまぶし、油なべにそっと入れると、ジュワジュワと音を立ててあがっていきました。ときどき、ピチッと飛んでくる油に当たらぬようにしながら料理は完成し、家族の夕食は楽しいものになりました。小アジは食べ物として、家族みんなの胃袋に収まったのです。
そして満足感に浸って一日を振り返っている想太さんの頭の中で、小アジが食べ物から生き物に戻っていきます。釣り上げるときの小アジの引きの強さは、小アジの命の躍動の躍動です。それは言葉を持たぬ小アジの必死の命乞いなのです。そもそも切り取られた小アジの頭の目に表情はありません。でも想太さんが小アジの哀願を感じ取ったのです。逃れようと暴れる小アジを釣り上げるためにリールを巻いたのは自分だからです。腹を切り内臓を取り出し、頭を切り取ったのも自分がからです。野菜も果物も生き物だけれど、走ったり逃げたりしないから命を感じにくいのです。料理に挑戦することの大切さを教えてくれるステキな作文です。
「魚をいただく」というタイトルが示すように、想太さんは感謝の気持ちを忘れることなく魚の命を自分の命に取り込んだのです。想太さん。あなたの命になった小アジたちに、サッカーや学ぶことの楽しさを体験させてあげてください。「アジで一生を終えるより楽しいかも」と、小アジに言ってもらえるといいね。
竹下和男(たけした・かずお)/1949年香川県出身。小学校、中学校教員、教育行政職を経て2001年度より綾南町立滝宮小学校校長として「弁当の日」を始める。定年退職後2010年度より執筆・講演活動を行っている。著書に『“弁当の日”がやってきた』(自然食通信社)、『できる!を伸ばす弁当の日』(共同通信社・編著)などがある。
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#はばたけラボは、未来世代が思い切りはばたける環境づくりに取り組む共創プラットフォームです。企業・学校・地域とともに多様な取り組みを未来へつなげ、そのはばたきを支えるためにパートナー企業であるキッコーマン、クリナップ、クレハ、信州ハム、全国農業協同組合連合会、日清オイリオグループ、雪印メグミルク、アートネイチャー、ヤンマーホールディングス、ハイセンスジャパン、ミキハウスとともにさまざまな活動を行っています。









