「2017年国際展望」  「米国による平和」の終わり

2017年の世界は、トランプ米新政権の発足により、大きく揺れ動くだろう。「アメリカ・ファースト(米国第一)」を掲げ、国際秩序の維持に責任を負おうとしない政権が唯一の超大国に誕生することにより、冷戦終結以後の世界秩序を保ってきた「パックス・アメリカーナ(米国による平和)」は終わりを告げ、世界は「ポスト冷戦後」の不安定な時代に入ることが避けられない。

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1月11日、ニューヨークのトランプタワーで、当選後初めて記者会見するトランプ次期米大統領

米国を敵視する「イスラム国(IS)」など過激派のテロはますます活発化し、中東やアフリカ地域から欧州を目指す難民・移民の波は途切れることがないだろう。「反難民、反移民」の声が大きくなる欧州では、フランスとドイツでそれぞれ、大統領選と総選挙が予定され、欧州連合(EU)懐疑派が勢力を伸ばしそうだ。米国の覇権に公然と挑戦し始めた中国とロシアでは、習近平国家主席とプーチン大統領が国内の権力基盤を一段と固め、「1強」による強権支配体制が強まるだろう。

 

米国最優先

トランプ政権下の米国では、何事においても国益を最優先するよう政策の大転換が図られる。「米国第一」の政策目標は、内政においては、製造業の海外移転などで失われた米国内の雇用を取り戻し、経済を強くすること、外交においては、圧倒的な軍事力を再構築し、米国本来の力を取り戻すことだ。
トランプ氏は政策論を語らないので、具体策ははっきりしないが、メキシコなど海外に移転した企業に対して「国境税」などの名目で課税強化を目指すようだ。メキシコに生産工場の新設を予定しているトヨタに対し、トランプ氏は「とんでもない。米国に工場を造るか、巨額の国境税を払うかどちらかだ」と、ツイッターで方針変更を迫るなどしており、大統領になってからも公然と経営方針に介入するようなことが続けば、企業に与える影響は計り知れない。

外交・安全保障面でトランプ政権が最重視するのは、「米国にとっての脅威の除去」である。今の米国の最大の脅威はテロであり、テロを実行するISの掃討が最優先課題になる。
 ISに対しては、昨年後半からシリアのアサド政権軍、イラク軍などが軍事攻勢を強め、シリア北部のアレッポが陥落するなど、掃討に向け一定の軍事的成果があった。アサド政権軍が攻勢に出た背景には、ロシアの軍事支援があり、トランプ政権はIS掃討を大義名分に、シリアでロシアと共闘する可能性が指摘されている。オバマ政権は、反体制派を弾圧するアサド政権の存続を容認しない立場で、アサド政権の後ろ盾になっているロシアと対立していたが、トランプ氏は人権問題などには干渉しない姿勢で、アサド政権容認へかじを切るとみられている。
テロ対策、中東政策の見直しをきっかけに、米ロ関係の改善が進み、やがてはロシアのクリミア編入の黙認、対ロシア経済制裁の緩和、有名無実化へ動くとの見方も出ている。

 

緊張含みの米中

ロシアとは対照的に、中国との関係は緊張含みになるだろう。トランプ氏は大統領選勝利後、「不文律」を破って台湾の蔡英文総統と電話会談。追い打ちをかけるように、中国側が「絶対に容認できない」とする「一つの中国」原則を見直す可能性に踏み込む発言を2度、行った。
さらに、中国が軍事拠点化を進める南シナ海について「あんなことをさせてはいけない」と強い姿勢を示し、海軍力を強化して冷戦期以来となる「艦艇350隻態勢」にする方針を打ち出した。
トランプ氏にとって、米中関係の最大の問題は貿易不均衡であり、「一つの中国」見直しなどの強硬発言は、中国との経済・通商交渉を有利に進めるためのカードにすぎないとの見方もある。しかし、中国側にとっては「武力行使も辞さない核心的利益の侵害」と映る。大統領就任前は「言葉の火遊び」で済んだかもしれないが、就任後も不用意な発言を続ければ「本物の火事」を招きかねず、米中関係は当面、緊張をはらんだ展開になろう。
一方で、「不動産王」と呼ばれ、何事もディール(取引)重視のトランプ氏は、通商交渉で中国から譲歩が得られれば、安全保障面で妥協する可能性を指摘されている。日本は「米中の取引を日本の頭越しにやられるニクソン・ショックの再来」(政府関係者)を恐れており、日米同盟強化が米国の国益にも資することをトランプ氏側に繰り返し訴えていく方針だ。

 

ポピュリズム台頭の欧州

昨年、EU離脱を選択した英国の国民投票で衝撃が走った欧州では、今年4月から5月にかけてフランス大統領選が、9月ごろにはドイツ総選挙が予定されている。「難民・移民危機」を背景に両国ともポピュリズム勢力が台頭しており、選挙結果は予断を許さない。
フランスでは最新の世論調査で、極右「国民戦線(FN )」のルペン党首が26%前後の支持を獲得、首位に立った。しかし、上位2人による決選投票を想定した調査では、中道右派のフィヨン元首相に30㌽近くリードされている。ルペン氏はEU離脱の是非を問う国民投票の実施を公言しており、「ルペン大統領誕生」となれば、英国に続いてフランスがEU離脱に向かう公算が大きくなり、欧州統合は崩壊の危機にひんする。
メルケル首相が4選を目指すドイツ総選挙は、首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)が議席は減らすものの第1党の座を維持し、連立政権によってメルケル首相が再任するとの見方が現時点では有力だ。
しかし、昨年12月にベルリンのクリスマス市場にトラックが突っ込んだテロは、ドイツ初のイスラム過激派による大規模テロで、難民として入国した男が容疑者だったため、メルケル首相の寛容な難民政策への批判が強まった。難民受け入れに反対する新興右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は4年前の前回選挙では、議席獲得に必要な得票率5%に達しなかったが、テロ直後の世論調査では支持率15・5%で、議会第3党に躍進する勢いだ。

AfDとの連立は、ドイツではタブー視されているため、AfDが第3党になったとしても、連立政権入りはあり得ないとされ、CDUと社会民主党(SPD)による現在の「大連立」の枠組みが維持されるとみられる。
メルケル首相の続投となった場合、3月にも予定される英国のEU離脱正式通知を受けた交渉をEUの盟主として主導し、「離脱ドミノ」を招かないような難しいかじ取りを迫られる。

 

見えるか「ポスト習」

今年の中国の最大の焦点は、5年に一度開かれる第19回共産党大会で決まる最高指導部人事だ。順当なら、習近平国家主席(63)が総書記に再度選出され、2期目の指導部が発足する。
憲法で、国家主席は2期10年までと規定されており、習氏の任期は2022年の第20回党大会までとみなされている。今回の指導部人事は、事実上最後の5年となる習氏の権力基盤の強さと、「ポスト習時代」をどう構想しているのかを推し量る格好の材料になる。
最高指導部である党政治局常務委員は現在7人。67歳までは留任、68歳以上は引退を意味する「七上八下」の慣習があり、これに従えば、習氏と首相の李克強氏(61)以外の5人は入れ替えとなる。
現時点で常務委員入りが予想される若手として、胡春華・広東省共産党委員会書記(53)と、孫政才・重慶市党委書記( 53 )の2人の政治局員の名前が下馬評に挙がる。胡氏は、胡錦濤前国家主席や李克強氏の基盤であるエリート集団「共産主義青年団(共青団)」出身。孫氏は温家宝前首相に近いとされる。
ただ、2人とも習氏の人脈ではない。次期党大会では常務委員に昇格せず、現在の政治局員にとどまるとの見方も出ている。
習氏が進める反腐敗運動で辣腕を振るう常務委員で序列6位の王岐山氏(68)の処遇にも注目が集まる。反腐敗運動は政敵を追い落とし、幹部の腐敗に不満を高める国民のガス抜きにもなる二重の効果があり、習氏にとって継続は必須。この運動の要になっている王氏を定年年齢にもかかわらず、残留させるのではないかとの声もある。
(共同通信外信部長 沢井 俊光)