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自分のために煮魚を作る 【コラム カニササレアヤコのNEWS箸休め】

 31歳バツイチ一人暮らし。

 大学を卒業してすぐ就職・同棲、そのまま結婚と進んだので、2年前に離婚してからが人生で初めての一人暮らしとなった。さみしくって毎日泣いちゃうのかも、とか可愛いことを思っていたが正直全然、めちゃくちゃ楽しい。なんて素晴らしいんだ、一人暮らし。

 掃除も楽だしごはんだって栄養が摂(と)れれば適当なものでいい。野菜と肉を炒めて、好きに味付けをして、ご飯にのせるなり焼きうどんにするなり、基本的に皿一つで済むメニュー。これで健康的には全く問題が無い。

 でもあるとき気がついた。心が何だか枯れてきた気がする。

 「ご自愛」だとか、「丁寧な暮らし」みたいな表現は小っ恥ずかしくて性に合わないが、友人やパートナーを大事にするように、自分のことを大事にしてもいい。誰かに作ってあげるのと同じ熱量で自分のためにごはんを作ってみてもいいのではないか。

 煮魚を作ろう、と思った。

煮付け、鮭と舞茸の炊き込みご飯、きんぴら、焼き浸し(筆者撮影)

 一人暮らしになると魚を調理することがほとんどない。下処理が必要だし、キッチンが鱗(うろこ)で汚れるし、骨や皮の生ゴミが出る。面倒な事この上ない。それでも今日は自分のために時間を使うんだ、と決心して、いつもより広いスーパーへ向かう。

 母の作るカレイの煮付けが好きだった。卵がぎっしり詰まっていて、2日目、冷蔵庫から取り出したままの冷たい煮付けを煮凝(にこご)りと一緒に食べるのがまた美味しい。一緒に煮た生姜の千切りが佃煮のようになって白ごはんが進んだ。

 やっぱりカレイかな、と魚コーナーを覗(のぞ)いた目に飛び込んできた半額シール。金目鯛が250円。頭が二つに切り身一つ。3食分はありそうだから1食83円、と貧乏性の頭が即座に計算する。買った。

 さみしさ同量みず2倍なのよ、と子どもの頃母が言っていた。何のことかと面食らったら煮付けの味付けだと言う。砂糖(さ)、味醂(み)、醤油(し)、酒(さ)を同じ分量、水はその2倍。毎回怖気付(おじけづ)いて砂糖を少なくしてしまうのだが、そうするとやはりあの味にならない。砂糖と味醂をたっぷり入れて火にかけると甘辛い良い匂いが部屋に満ちる。照りの出た金目鯛を器に盛るとなかなか美しく、思わずにやにやした。この喜びが、長らく忘れていた感覚なのだった。自分のためだけに煮魚を作る。なんて贅沢な時間だろう。

 ただ結局、全部自分で食べるのがもったいなくて、残しておいた頭2切れは翌日、近所の友達と一緒に食べた。なんだかんだ、さみしかったのかも。

煮付け、鮭と舞茸の炊き込みご飯、きんぴら、焼き浸し(筆者撮影)

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 39からの転載】

かにさされ・あやこ お笑い芸人・ロボットエンジニア。1994年神奈川県出身。早稲田大学文化構想学部卒業。人型ロボット「Pepper(ペッパー)」のアプリ開発などに携わる一方で、日本の伝統音楽「雅楽」を演奏し雅楽器の笙(しょう)を使ったネタで芸人として活動している。「R-1ぐらんぷり2018」決勝、「笑点特大号」などの番組に出演。2022年東京藝術大学邦楽科に進学。