6月30日から公開となる『オレンジ・ランプ』は、実話に基づき、39歳で若年性認知症と診断された夫とその妻との9年間の軌跡を描いた物語だ。認知症と診断されてから10年以上たった今も会社で働くかたわら、本の執筆や講演など、認知症ご本人のための活動に取り組む丹野智文氏をモデルにした主人公・只野晃一を演じるのは『レジェンド&バタフライ』(23)、『Winny』(23)など、数々の話題作に出演する和田正人。役作りの舞台裏や作品に込めた思いを語ってくれた。
-若年性認知症を題材にした作品ということで、やや身構えて見ましたが、とても温かな物語で、認知症に対するイメージが変わりました。最初にオファーを受けたときの印象はいかがでしたか。
僕も最初は「重い題材だな」と思ったんです。でも、脚本を読ませていただいたら、認知症を描いた作品というよりも、認知症を発症した主人公を取り巻く家族や会社の同僚、地元の仲間といった人間同士の絆の物語なんだなと。
-というと?
認知症を題材にした作品は、どうしても最後は家族の顔も忘れて…という切ない話になるものが多いですよね。そんな中、現在に至るまで何も変わらず、幸せに暮らす家族がそこにあった、という前向きな作品は珍しい。もちろん、認知症ご本人としての苦しみはありますが、これは認知症で苦しんでいる皆さんの気持ちに寄り添ってほしいというものではなく、それを乗り越え、家族も会社も、仲間たちも何も変わらず、普通に暮らしていけることを描いたすごく前向きな作品だなと。そんなふうに印象が変わっていきました。
-認知症ご本人を演じるに当たっては、どんな準備を?
僕は、「認知症ご本人をどう表現するか」という部分に重点を置いて演じたつもりはないんです。もちろん、これまで数々の先輩方が認知症ご本人を演じてきた作品があることは知っています。でも、主人公のモデルになった丹野さんにお会いしてみたら、健常者と何も変わらず、認知症だと言われなければ分からないぐらい、すごく気さくでユーモアたっぷりの元気なおじさんだったんです。だから僕は、最初に会ったときのその印象を大事にしようと思って。
-確かに、必要以上に認知症の症状を強調するような部分はありませんね。
しかも、発症後の寿命が5年から10年と言われていたのが、10年たった今も丹野さんはお元気でいらっしゃいます。もちろん、昨日何をした、何を食べた、ということは覚えていない部分もありますが、大事なことは全部メモしているので、日常生活に支障はない。それどころか、周りの方のサポートを受けながら、ご自身でも努力をされて、今や講演のために全国を1人で飛び回っている。そういうことを実践されている方なので、認知症のリアルにこだわるよりも、認知症と診断された人と家族の間で、どんなふうに心が動き、会社ではどうだったのか、ということを表現する方が大事だと思ったんです。
-例えば、そそっかしい人がいたり、怒りっぽい人がいたり、というように認知症を丹野さんの個性と捉えたということでしょうか。
そうですね。実際に認知症で苦労されている方もいると思うので、軽はずみなことは言えませんが、ご本人やご家族を含め、丹野さんの周囲の方々は、それぐらい前向きに捉えていたということです。そういう意味では、丹野さんでなければ、この作品はまた違った話になっていたはずです。だから僕も、そこに寄り添って演じさせてもらいました。認知症ご本人を演じたというより、丹野さん(をモデルにした主人公・只野晃一)を一生懸命演じたという認識です。