NHKで好評放送中の連続テレビ小説「虎に翼」。女性として日本で初めて法曹界に飛び込んだ主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)の物語は、まもなくクライマックスを迎える。数十年前の戦前から戦後の昭和を舞台にした物語は、私たちが生きる現代にも重なり、大きな反響を呼んだ。全話の脚本執筆を終えた吉田恵里香氏へのインタビューの後編では、作品の根底に流れる日本国憲法第十四条の「平等」の精神を踏まえて描かれたさまざまな問題について聞いた。
-物語後半では、昭和30年代を舞台に、寅子の再婚話や轟太一(戸塚純貴)とその恋人の遠藤時雄(和田正人)の存在を通して、夫婦別姓や同性婚という題材も取り入れていました。その狙いは?
日本国憲法第十四条には「すべて国民は、法の下に平等であって…」と「平等」がうたわれています。にもかかわらず、昔に比べれば改善されたとはいえ、まだまだ平等に扱われていない方が多いのも事実です。その大半は、令和の今始まったわけではなく、寅子たちが生まれる前から存在しています。調べれば調べる程、その存在があえて描かれなかったことが分かってきます。大半の人たちが当時、見ないようにしてきたそういうことを、きちんと描くことに意味があると考え、劇中にも取り入れました。それまで寅子が出会ってきた人たちのことを考えれば、普通に通る道だと思ったので、「挑戦」や「尖ったことをしている」という意識はまったくありませんでした。
-性的マイノリティーなどの話題に触れるとき、描き方を間違える怖さもあると思います。その点、吉田さんはどのように向き合いましたか。
当事者の方は、それ以外の方にとっての教材として存在しているわけではありません。だから、それを当事者の方が矢面に立って訴えるのではなく、エンターテインメントを通して伝えることも、きっかけとしては大事なことだと思っています。ただ、私も当事者の方にいろんなことを聞いてしまったり、描く上でやり方を間違えて傷つけてしまったりすることがあり、それは本当に申し訳なく思っています。
-そうでしたか。
でも、「怒られるからやめておこう」という姿勢は、それをなかったことにしたい側の思惑に乗ることになりますし、「そのうち変わっていくから、今は怒られない範囲にしておこう」と未来に託し過ぎるのも、歩みを大きく遅らせることになります。だから、私が元気なうちは、勉強しながらエンタメで描き続け、それを当たり前のことにしていけたら、と思っています。
-在日朝鮮人やトランスジェンダーの役に当事者の俳優が起用されましたが、その点についてはどのようにお考えでしょうか。
私自身は、できるだけ当事者の方に演じてもらえたら…と思っています。「虎に翼」では、主にスタッフの方々がキャスティングを担当してくださったので、うれしく思いながらオンエアを見ていました。
-なるほど。
ただその一方で、当事者の方が演じることで、別の問題が生じる心配もあります。例えば、この配役が絶賛されると、いずれ『性的マイノリティーの役者の方が、マジョリティーであるシスヘテロ(生まれ持った性別と性自認が一致する異性愛者)の役をやってはいけないのか』というような間違った議論・考えなどが生まれうることです。現在の社会を考えれば、当然オープンにしたくない人もいるでしょう。オープンにされていない人とオープンにしている人との差が生まれたり、誤った批判が増えるのでは、という心配もあります。法整備や社会構造が整わないことをエンタメ業界全体で疑問視して異を唱えていかないといけない。採用するだけで終わることは、ただ消費したり搾取したりする構造になりかねません、
-劇中で描かれた在日朝鮮人や性的マイノリティーの受け止め方に関して、視聴者に期待することは?
朝ドラに性的マイノリティーの方や外国の方が出演されることについて、さまざまなご意見があるとは思います。何度も繰り返しますが、彼らは令和に突如生まれたわけではなく当時から当然存在しました。そして差別や偏見を向けられています。だから、描かれることに違和感を抱くのではなく、この問題が70年以上経った今も基本的に変わっていないのはなぜか、思いをはせていただけたらうれしいです。
-次に、終盤の山場となった原爆裁判に対する思いをお聞かせください。
この作品では、戦中よりも戦後を中心にするつもりで、第9週から戦争の傷跡を描いてきました。その一つのクライマックスとして、寅子のモデルになった三淵嘉子さんが担当された原爆裁判を扱いたいと考えました。ただ、最初のうちは扱い切れるのか、自分の中でも不安がありました。書き進めていく中で、法律考証の先生方やスタッフの方々など、この作品にかかわる皆さんへの信頼度が高まったことで、正面から扱う覚悟ができました。おかげで、誰でも知っていると思っていた原爆投下が、実は知らないことばかりだったことに気付き、今はやってよかったと思っています。
-第1回では、公布された日本国憲法第十四条を寅子が読むシーンから幕を開けるなど、作品の根底には憲法第十四条がうたう「平等」の精神が存在します。そこに込めた思いをお聞かせください。
三淵さんを主人公のモデルにすることが決まり、初めて日本国憲法の全文を読んだとき、最も心に響いたのが第十四条でした。これが公布されたら、当時の人たちは宝物を手にしたように感動するのでは、と思うのと同時に、今の私たちにとっても大事なことなのに、本当に世の中に浸透しているのか、脇に追いやられていないか、という疑問も芽生えてきて。だから、十四条だけでも思い出していただければ、という気持ちで、劇中でも繰り返し触れてきました。とはいえ、これほど十四条が重要になるとは、自分でも思っていませんでした。でも、どんな題材を描いていても、結局そこに戻ってきてしまうんですよね。つまり、人間らしく生きるためのスタートラインを示しているのが、憲法第十四条なのかなと。
-よね(土居志央梨)と轟の法律事務所の壁にも、憲法第十四条が大きく書かれているのが印象的です。
私は「紙に書いて壁に貼ってある」というつもりで台本を書いたのですが、本編で直接壁に書かれていたのを見て感激しました。確かに、紙に書いて貼るよりも、直接壁に書く方がよねらしいですよね。それが象徴的に使われるようになったのは、とても粋な演出で、私も気に入っています。
-ドラマを深く味わえるお話をありがとうございました。最後に、「虎に翼」の脚本を書き上げた吉田さんにとっての幸せとはなんでしょうか。
一つずつでもいいので、ネット上から戦争まで、世の中から争いがなくなり、傷つくことが1人でも減ることを願っています。そういうものが一つでも解消されるのを見ると、私自身、とても幸せに感じます。
(取材・文/井上健一)