ワイン選びに迷ったら
ワインがおいしい季節になった。いや、うまいワインはいつ飲んでもうまいに決まってるのだから、秋にはワインがよく似合う・・・と言うべきか。いずれにしても、この季節になるとワイン売り場に足が向いてしまうという人は少なくないはずだ。店頭には、さまざまな国籍、さまざまなブランドのワインが数多く並んでいるが、もしもどれを買おうか迷ってしまったならば、ぜひ日本ワインを選んでいただきたい。この記事を読めばきっと思うはずだから。「今日は日本ワインにしようじゃないか」と。
産地を前面に打ち出しポートフォリオを刷新
いま、日本ワイン市場は出荷量・シェアとも拡大傾向にある。品質向上は目覚ましく、海外から高い評価を受けるワインが増えてきた。国内のワイナリーはさらなる発展に向け、さまざまな取り組みを行っているが、なかでも注目されるのは、キリングループのメルシャン(東京)が行っているワインブランド「シャトー・メルシャン」のポートフォリオの刷新と、それに象徴される根本的な改革だ。
“ポートフォリオ”には、クリエイターの作品集、財産目録、資産一覧などの意味があるように、このリニューアルによって「シャトー・メルシャン」の作品であり財産であるさまざまなワインはシンプルに整理され、買う側にも理解しやすくなった。最高峰の『アイコン』、厳選した産地の多様性を表現した『テロワール』、コストパフォーマンス抜群で日常使いに最適な『クオリティ』という3層のレイヤーに分けて、それぞれの性格付けを明確にしたのだ。
パッケージングのリニューアルとともに行われたポートフォリオの刷新は、海外展開も見据えた商品群の明快化がひとつの目的だが、それを支える“骨太の方針”ともいうべき大きなコンセプトが「産地に立ち返ろう」という精神だ。
なぜ産地が重要なのか。それは「ワインは農産物」といわれるくらい、その味わいがブドウの質でほとんど決まってしまうお酒だからである。そしてさまざまな品種のブドウには、それぞれに適した「テロワール」(土壌や気候などの風土)がある。同社は、「適品種・適所」の理念のもと、1970年からブドウ品種に合った栽培地の選定に取り組み、現在では山梨、長野、福島、秋田の4県のさまざまな地区で自社栽培あるいは契約栽培のブドウ畑を管理している。そのさまざまな産地の多様性を表現したのが『テロワール』シリーズの22アイテムなのだ。製品名を「北信シャルドネ」、「椀子(マリコ)メルロー」などと、産地と品種をストレートに訴求しているところからも、その想いが伝わってくる。
性格の異なる3つのワイナリー
2017年、メルシャンは「3つのワイナリー構想」を発表した。醸造などワイン製造を行うワイナリーを、山梨県甲州市にある「シャトー・メルシャン 勝沼ワイナリー」に加え、長野県塩尻市の「同 桔梗ヶ原(ききょうがはら)ワイナリー」、長野県上田市の「同 椀子ワイナリー」(2019年秋オープン)の3カ所で展開するというのだ。日本のワイン業界では類を見ないこの構想もまた、産地重視の表れだった。良い品質のワインを造るためには、ブドウは収穫してすぐに醸造したほうがいい。ならば、特に重要な3つの産地にワイナリーを置き、地域の人々と一緒にブドウを育て、フレッシュなブドウでより良い品質のワインを造ろうというわけだ。ちなみに、『アイコン』シリーズは、この3つのワイナリーから生まれる最高峰のワイン5アイテムで構成されている。
面白いのは、この3つのワイナリーはそれぞれ性格が異なっていることだ。
「勝沼ワイナリー」は一番生産能力が高く、ヴィンヤード(ブドウ畑)をはじめ、醸造所、ワイン資料館、カフェ、テイスティングカウンター、ショップ等の施設を備えている。年間10万人以上が見学に訪れ、試飲などがあるワイナリーツアー(要予約・有料)には約2万人が参加する、シャトー・メルシャンの玄関口となっているワイナリーだ。ふらっと来ても楽しめ、ワインのことを深く知ることもできるのが特徴だ。
「桔梗ヶ原ワイナリー」は、2018年9月にオープンしたばかりのガレージワイナリーと呼ばれる小さなワイナリー。スタッフ6人で栽培から醸造までこなし、品質に特化したトップレンジのワインだけを造っている。もともと桔梗ヶ原は、コンコードやナイアガラといった生食や甘味ブドウ酒用ブドウの産地だったが、メルシャンの工場長をしていた浅井昭吾(麻井宇介)氏がワイン用ブドウのメルローに改植を決断。1976年からメルローの栽培に挑戦し、1989年に初リリースした「シャトー・メルシャン 信州桔梗ヶ原メルロー1985」が国際ワインコンクールでグランド・ゴールド・メダルを受賞したのを皮切りに数々の成果を挙げており、今では、世界的に有名な銘醸地のひとつとなっている。
2019年秋に新設される「椀子ワイナリー」は、ブティックワイナリーと呼ばれる中規模で品質志向のワイナリーになる予定だ。ワイナリーはまだ完成前だが、そこにはすでにメルシャンの自社管理畑として最大の「椀子ヴィンヤード」がある。そこからとれるブドウからは最高級ワインも生まれているが、注目すべきは、日本ワインの明るい未来を感じさせるその取り組みだろう。
良質で広大な草原として生態系を育む「椀子ヴィンヤード」
長野県上田市丸子地区の陣場台地に広がる椀子ヴィンヤードは、訪れる誰もがタメ息をつく絶景のブドウ畑だ。もともとは桑畑が多かったが、農家の高齢化に伴い遊休荒廃地となり、100人ほどの地権者も使い道に困っていたという。だが、そこは眺望のいい小高い丘陵地で、水はけがよく年間降水量も少ない、ブドウ栽培に適した土地だった。そんな土地を探していたメルシャンは、地権者や行政と話し合いを重ね、本来の地形や景観に配慮しながら、約20haにも及ぶ広大なブドウ畑を2003年に開場した。椀子ヴィンヤードは、ブドウ畑拡大というメルシャンの課題と、遊休荒廃地解消、雇用の創出という地域の課題に同時に対処し、ウィン・ウィンの関係を築き上げたのである。
椀子ヴィンヤードに注目すべきもうひとつの理由はその生態系だ。ここではブドウの品質向上のために棚栽培ではなく垣根仕立てを採用しているが、その栽培方式の大きな特長は下草が必要であること。土壌の適切な水管理や病害虫の防止などから年に数回は下草刈りを行う必要があるが、その下草刈りによって畑が広大な草原の役割を果たすようになった。130年前には日本国土の30%を占めていたが、今では日本国土の1%以下にまで減少しているといわれる草原。ブドウ畑に人の手が入ることにより、勢いの強い植物だけが繁茂するのではなく、草原性の在来種や希少種の植物に日が当たり、またそれらを目当てに昆虫も集まってくるようになったのだ。
メルシャンが属するキリングループでは、CSV(共通価値の創造)活動を経営の根幹と位置づけ、「健康」「地域貢献」、そして「環境」の課題に力を注いでいる。その一環で、2014年から椀子ヴィンヤードに農研機構・農業環境変動研究センター・西日本農業研究センターの専門家を招いて本格的な生態系調査を実施しているが、その結果には専門家も驚く。これまでに昆虫168種、植生288種を確認し、多様な生態系が育まれていたからだ。国レベルの希少種も複数見つかり、その中には絶滅危惧種の蝶、オオルリシジミの唯一の食草であるクララも含まれていたという。その成果は、遊休荒廃地をブドウ畑に転換しようとしている多くの日本ワイン事業者にとっても希望の光となるに違いない。
メルシャンは、日本ワインの未来のためにもさまざまな取り組みを行っているが、そのひとつが長野県の塩尻市、そして塩尻志學館高校と結んでいる産官学連携協定だ。塩尻志學館高校はワインを造っている珍しい高校で、メルシャンは栽培指導、醸造指導などを行うことによって人材育成に協力をしている。同校の卒業生は、塩尻市にたくさんあるワイナリー各社に勤めるなど、よい循環が生まれていることから、この活動は地域貢献という枠組みを超え、今後の日本ワインを支える人材育成をも担っている。
産地と共生することが「日本ワイン」の価値向上に
ここまで、「シャトー・メルシャン」のさまざまな取り組みを紹介してきたが、そこから浮かび上がってくるのは、企業の利益のみを追求するのではなく、産地と共生し地域を活性化することが質の良いブドウを生み出し、ひいては「日本ワイン」の価値向上につながるという信念である。おいしいワインが持つ背景を知ると、おいしさはさらに倍増する。今日はどのワインにしようかと店頭で迷ったときに、この記事を思い出していただければ幸いである。