カルチャー

新時代の巨匠 【コラム 音楽の森 柴田克彦】

 今回ご紹介するのは、ラハフ・シャニ指揮/ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団によるメンデルスゾーンの作品集である。

 このCDにはポイントが二つある。一つはシャニの指揮だ。1989年イスラエルに生まれ、地元やベルリンで学んだ彼は、2013年グスタフ・マーラー国際指揮者コンクールで優勝し、18年からロッテルダム・フィルの首席指揮者、21年からイスラエル・フィルの音楽監督、26年からはミュンヘン・フィルの首席指揮者(こちらは予定)を務め、ベルリン・フィルをはじめとする各地の一流オーケストラからも引く手あまたの逸材。新時代の巨匠と称される期待株である。

 シャニが史上最年少で首席指揮者に就任したロッテルダム・フィルは、1918年に創設されたオランダの名門。芳醇(ほうじゅん)なヨーロピアン・サウンドに表現意欲みなぎる活力を吹き込んだシャニとのコンビネーションの評価も高い。事実、彼らは今年6月に日本公演を行い、生気に富んだ演奏で聴衆を魅了した。

 すなわち本盤の第1のポイントは、この注目コンビが生み出す音楽を知り得る点。そしてもう一つはメンデルスゾーンの作品にある。

ラハフ・シャニ(指揮) メンデルスゾーン: 交響曲第3番「スコットランド」 他 ワーナー WPCS-13876 3300円

 ドイツ初期ロマン派の代表格として名高いメンデルスゾーンだが、有名なバイオリン協奏曲以外の作品をまとめて聴く機会は意外に多くない。その点、交響曲第3番「スコットランド」、序曲「静かな海と楽しい航海」、「3つの無言歌」(シャニ編)が収められた本盤は、その真価をたっぷりと、しかも効率良く堪能できる。

 「スコットランド」交響曲は、室内楽的な精緻さが光る序奏部から丁寧に運ばれる主部へ至る第1楽章、各パートが軽妙に躍動する第2楽章、遅めのテンポで堂々たる音楽が形成される第3楽章、終結部への移行部分が実に細やかで情景の変化も鮮やかな第4楽章と、各楽章の描き分けも見事な音楽が展開される。

 序曲「静かな海と楽しい航海」は、透明感漂う静けさと軽快な弾みの対照が際立った名演。やや隠れた本作の魅力に気付かせてくれる。

 「無言歌集」は本来ピアノ独奏曲だが、ここでは、名ピアニストでもあるシャニ自身の編曲によってデリケートかつカラフルな管弦楽曲に変身。ピアノ演奏とはまた違った魅力が醸成されている。

 全体を通して、いわゆるピリオド・アプローチ(平たくいえば「作曲当時の奏法を重視して過度なロマン性を排除した表現」)を意識しながら豊穣(ほうじょう)な音楽が紡がれ、特に内声部の充実が新鮮な感触をもたらしている。

 ここで、上り調子の指揮者とその手兵の演奏、そして有名なわりに軽視されがちな大作曲家の音楽に、じっくりと耳を傾けてみたい。 

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 26からの転載】

柴田 克彦(しばた・かつひこ)/ 音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。