(株)共同通信社主催の5月きさらぎ会で、東京財団政策研究所研究主幹の小林慶一郎氏が「コロナ危機における日本の経済政策対応について」と題して講演。新型コロナウイルスを巡る緊急事態宣言は解除されたが、「国民の間に感染への不安が残る限り消費は低迷し、経済のV字回復には至らない」と述べ、国民の感染不安の解消へ向け、検査拡大戦略へ転換することが重要との考えを示した。(5月26日インターネットを通じて行われた特別講演の抄録、編集部)

自粛戦略の限界
コロナ危機に対し、私たちがやってきた戦略は、ある意味で自粛戦略だと思う。外出自粛と企業への休業要請によって、人と人との接触を削減し、感染拡大を防ぐという戦略だが、その限界が来ている。この1カ月半の努力の結果として今、感染は収束してきている。
それは自粛戦略の効果だが、経済を再開しても、このまま感染が収束するかどうかがはっきりしない。気を付けなければいけないのは、感染が拡大して、再び緊急事態宣言を発出、外出を再規制するストップ&ゴーの繰り返しが起きる可能性があるのではないかということだ。
自粛戦略は経済活動を止めることになるので、経済的コストは大変大きい。民間エコノミストの予測によると、今年4月から6月の3カ月間の経済成長率は、年率20%を超えるマイナス成長だという。もし1年続けば約500兆円の国内総生産(GDP)の20%、約100兆円が失われることになる。
お金だけの問題ではない。1998年、日本は銀行危機を経験、その後深い不況に陥った。そのとき何が起きたか。98年の自殺者数が前年比1万人増え3万人台となった。その数は14年間にわたって継続。今回のコロナ感染症による経済の停滞でも、かなりの経済的な犠牲者が出る可能性もあるということに留意しなければならない。
感染不安が消費の壁
今、経済活動を委縮させているのは政府の規制だけでなく、人々の心の中にある感染に対する不安だ。確かに緊急事態宣言は解除されたが、感染リスクは本当に低くなったのか。多くの国民は低いとは思っていないだろう。国民の間に感染の不安がある限り、経済のV字回復には至らず、消費も低迷したままの状態が続くかもしれない。
そこで、もう一つ違った戦略があるのではないか。それが積極的な感染拡大防止戦略と名付けたものだ。感染者を調べる検査を拡大し、陽性になった人の接触者を幅広く追跡、早期に発見して検査を受けてもらう。そして陽性者を的確に隔離するという戦略だ。こうした検査・追跡・隔離の戦略は、感染拡大を防止するという意味において、自粛戦略と同じ意味合いがある。
では、どれくらい検査の数を増やせばいいのだろう。今、PCR検査は1日当たり1万件弱実行している。検査能力は2万2千件あり、さらに増強中だ。しかし、もう1桁上の数、同10万件から20万件を今年のうちに実現するのが望ましい。
検査・追跡・隔離戦略の意義は、一つは自粛戦略の経済的コストに比べると、検査・隔離の積極戦略の方が、たぶん1桁費用が安い。自粛戦略を続けて経済成長率がマイナス10%になるとすれば、50兆円が1年間で消える。それに対して積極戦略であれば、検査費用に概算1兆円、人件費に2兆円、隔離用のホテルの借り上げなど施設整備に2兆円で計5兆円。どちらが適しているかは明らかだ。
2番目は、感染を防止する効果と同時に、景気を刺激する効果もある。検査を拡大し市中の感染者を的確に隔離できれば、感染不安が低減できる。感染不安があるだけで消費が17%下がるという研究もある。感染不安をなくせば消費が増えて、経済成長を10%ぐらい回復させられるのではないか。感染不安を低下させることは、非常に重要な経済政策だといえる。
ポストコロナ
最後に長期展望の話をしたい。コロナウイルスと付き合いながら、社会はどう変わっていくのか。第2次世界大戦の後、低所得者に福祉を提供しようという福祉国家路線が進み、格差を是正した。戦争中に社会の連帯感が強まって、高所得者が犠牲を払って低所得者を助けるべきだという考えが、コンセンサスとして成り立つ状態になったからだ。
それと同じようなことが、コロナ危機に立ち向かうという、今回の経験によって起きる可能性がある。そうすると社会保障制度のパラダイム(枠組み)が変わる可能性が出てくる。ベーシックインカム(最低所得保障)のような発想が普及するのではないか。従って、政府が個人の所得情報をどこまで把握するべきか、ということが議論になると思う。
次に産業構造だが、多くの産業で需要が縮小。一方でオンラインのような非接触型の産業は爆発的に需要や産業規模が増えていく。そのとき何が必要かというと、個人や企業のリスクマネーを提供する形の支援だ。個人であれば、所得連動型の現金給付という考え方でリスクマネーを供給するべきではないか。 月10万円か15万円を1年間提供する。その間に再就職するとか、別の業種で起業するというような生活再建をしてもらう。企業に対しては公的資金を使った資本注入というスキームを考えなくてはいけない。業種転換や合併などの動きを政府は支援していく必要がある。
コロナショックがうまく解決したとして、後に何が残るかというと世界各国政府の膨大な借金だ。そのとき各国がバラバラで財政再建しようとすると、増税する国から、増税しない国へ資本逃避が起きて、金融市場が混乱することになる。従って、ポストコロナの新しい世界経済秩序として、財政面での協調というのがキーワードになるのではないかと考えている。
(KyodoWeekly6月29日号から転載)