菅義偉首相の長男、正剛氏が勤める放送事業会社「東北新社」からの違法接待に続き、NTTによる総務省幹部への接待問題が発覚した。利害関係者からの接待はないという官僚の答弁が次々と覆される「虚偽」答弁の連発に、行政の信頼や首相の政権基盤が揺らいでいる。
「国家老」
「行政に対する国民の信頼を大きく損なう事態になったことは深く反省すべきだ」。首相は3月10日の参院本会議で、官僚による相次ぐ違法接待を踏まえ重ねて陳謝した。だが、国民の期待を裏切った政治責任や政権で不祥事が相次ぐ原因を問われても真正面から答えようとはせず「国民の信頼を回復できるよう努めていく」と紋切り型の答弁に終始した。
違法接待や与党幹部による深夜のクラブ訪問、河井克行元法相夫妻の買収事件など不祥事が相次ぐ。今国会での首相は守勢に立たされ続けている。身内からも「行政は中立公正で別に官邸の方を向いて仕事しているわけではない」(中谷元・元防衛相)といった政権批判とも取れる声も公然と聞かれるようになった。
とりわけ首相が初入閣を果たし、政治家としての実力を磨いた「お膝元」の総務省での騒動は、首相の政権運営に大きなダメージを与えている。看板政策の携帯電話料金引き下げを主導してきた首相側近である総務省幹部の更迭は、政策推進の出はなをくじかれた感は否めない。
NTTなどからの違法接待で総務審議官を更迭され、辞職した谷脇康彦氏は1984年、旧郵政省に入り、情報通信分野で頭角を現してきた。首相が官房長官当時の2018年8月、携帯電話料金について「4割程度下げる余地がある」とぶち上げた。当時の総合通信基盤局長は谷脇氏で、通信料と端末代の分離などの政策を推進。携帯大手各社に値下げを促すなど、首相にとって谷脇氏は「総務省の『国家老(くにがろう)』的存在」(政府関係者)だったのは間違いない。
菅政権が発足してからも看板政策に掲げた携帯電話料金引き下げを主導し、首相から直接指示を仰ぐなど実務を取り仕切り、今夏には官僚トップの事務次官昇格が有力視されていた。だが、東北新社に次いで、利害関係者であるNTTからの高額接待を受けていたことが判明、一敗地にまみれる事態となった。
武田良太総務相は3月9日の記者会見で、接待問題に関する調査について「可能な限り対象職員を広げる。事実関係の確認を正確に、徹底的に行う必要がある」と強調した。ただ対象を拡大しても自己申告に基づく調査が中心となり実態をどれだけ把握できるかは不透明だ。
陋習
「あの時と似てきた」。政権幹部は嘆息した。幹部が「あの時」と指すのは1998年の大蔵省(現財務省)の接待汚職事件だ。金融機関に検査日程を漏らすなどの便宜を図った見返りに接待を受けた大蔵省職員が、収賄容疑で逮捕された。当時の三塚博蔵相らが引責辞任に追い込まれ、職員112人が処分された。
再発防止のため2000年に設けたのが国家公務員倫理法に基づく国家公務員倫理規程で、総務省の接待問題で職員が処分された根拠となっている。NTTは総務省から事業計画や取締役選出の許認可を得ており、政府関係者は「利害関係者からの接待なのは明白だ」と断言する。携帯電話料金の値下げという菅政権の看板政策を巡り「行政がゆがめられた」(共産党の小池晃書記局長)との批判も相まって、野党は追及を強める。
さらにNTT幹部から歴代総務相らが接待を受けていたと週刊誌が報じ、疑惑は政治家にも飛び火した。自民党の野田聖子、高市早苗両衆院議員が総務相在任中にNTT側と会食の事実を認めたがいずれも接待は否定するなど釈明に追われた。
接待問題の責任者として陣頭指揮を執る武田総務相にも野党の攻撃は及ぶ。総務相就任後にNTT幹部と会食した事実の有無を問われた武田氏は3月15日の参院予算委員会集中審議で「国民の皆様から疑念を招くような会食に応じることはない」と言い張った。
政務三役在任中に関係業者からの接待を禁じる「大臣規範」は、2001年1月の中央省庁再編後初の閣議で決定された。政治と行政への国民の信頼を確保することを目的とするが、規範の内容が曖昧で罰則もない。識者からは規制強化を求める声が上がる。
「(辞任は)監督責任を痛感したからです」。大蔵省の接待汚職事件を巡り、当時の三塚博蔵相は引責辞任に際して記者会見に臨み、涙をこらえた様子で、声をくぐもらせた。金融機関からの接待については「旧来の陋習(ろうしゅう)(悪習の意)」と言明した。事件を受け、金融機関に対する検査・監督業務を引き継ぐ金融監督庁が1998年6月に発足。その後、財政と金融行政の分離を目的に金融監督庁と大蔵省金融企画局を統合した金融庁へと改組された。
本気度
総務省の違法接待を巡る3月8日の参院予算委の論戦。野党から政治家に責任があるとして武田総務相の更迭を求められ、菅首相は「調査をしっかり行うのが総務相の責務だ。総務省を立て直してほしい」と述べ、要求を拒否した。
与野党内から大蔵省接待汚職事件の時と同様に組織改編を求めるようなうねりは起きていないし、そうした議論は早計だろう。違法と認定された接待を含む一連の会食の目的や、具体的な政策への働き掛けがあったのかどうか。国会の場で徹底解明することが必要になる。
3月15日の参院予算委集中審議にはNTT、東北新社両社長が参考人として出席する事態に発展した。政府、与党の責任を問われ、首相は「大変申し訳なく、おわび申し上げる」と陳謝した。政治主導を菅政権が貫くのであれば、官僚に責任を押しつけるのではなく、政治家自らも厳しく襟を正し、説明責任を果たす本気度が問われている。
(共同通信政治部次長 倉本 義孝)
(KyodoWeekly3月22日号から転載)