人にやさしい社会を「音」の技術で
さまざまな社会課題を抱える日本だが、最も深刻な問題の一つは少子高齢化による労働力不足だといわれている。例えば、昨今は無人化・省人化される駅や施設も増えてきており、施設としての利便性を維持することが難しくなっている。その一方で、現場には外国人や障がい者など、多様なユーザーへの対応が求められており、課題は増えるばかりだ。だが、それらの問題を技術力で解決できるとしたら? 日本もやるじゃないか――世界にそう思わせるようなソリューションが当たり前となる時代は、すぐそこまでやって来ている。
7月6日(水)、京都鉄道博物館で行われたのは『SoundUD 展示会 in 京都』という催し。「SoundUD」(サウンド・ユーディー)の技術を活用したサービスを紹介・展示するイベントを主催したのはSoundUD推進コンソーシアム(事務局:ヤマハ株式会社)。集まったのは交通・施設事業者や自治体関係者だ。
「SoundUD」とは何か? 言語、聴力の不安のない社会実現に向けた、音のユニバーサルデザインのことである。ユニバーサルデザインとは、「(性別・年齢・国籍・障がいの有無にかかわらず)できるだけ多くの人が利用可能なように製品、建物、空間をデザインすること」で、例えば自動ドア、エレベーター、多目的トイレ、シャンプーの容器に刻まれたギザギザなどがそうだ。人にやさしい社会を作るユニバーサルデザインという考え方を、「音」の技術で実現したソリューション、それを今回の展示会では体験できるという。
展示会の会場となった京都鉄道博物館は、鉄道の歴史を通して日本の近代化のあゆみを体感できる博物館。施設内には駅ホーム、電車車両、改札口などが再現されており、技術のデモンストレーションは、そのリアルなユースシーンで行われた。
展示されたソリューションは、「みえるアナウンス」「スマホでインターホン」「無人コンビニソリューション」の3つ。それぞれどんなことができるのか、どこが新しいのか、一つ一つ見ていこう。
手元のスマホで内容が確認できる「みえるアナウンス」
観光立国を目指す日本のウイークポイントが言語の問題だ。日本人は英語力がかなり弱いといわれているが、昨今はさまざまな国から観光客が訪れ、対応すべき言語も増えている。そこで、駅や商業施設のアナウンスの際に、必要な情報を適切な言語で伝えようというソリューションが「みえるアナウンス」である。
例えば駅や電車で利用者や乗客に伝えたい情報があるとしよう。駅員さんや車掌さんが専用アプリを入れたタブレットを携帯し、ボタンにタッチすると、通常の業務の中で発生しうるようなトラブルなどがテンプレート化されたアナウンスが流れる。さらに日本語しかしゃべれない車掌さんでも英語の放送や中国語の放送を付け加えることができる。そして多言語でアナウンスするだけでなく、その音がトリガー(引き金)となって、乗客のスマートフォンに情報を文字で表示できるようにしたのが「みえるアナウンス」だ。その文字は、乗客が持つスマホの言語設定に応じて翻訳内容が表示されるため、インバウンドの外国人にも理解が可能。聴覚障がい者がアナウンスの内容を知りたい時に、手元で文字として確認することもできる。手元にアナウンスの情報が残るので、弱視の人などは読み上げツールを使えばそれを何度でも耳で確認が可能だ。まさにユニバーサルアクセシビリティーにも考慮したソリューションである。
これは、ヤマハが提供する「おもてなしガイド」という無料アプリですでに使われている機能で、駅や空港、一部の観光地や『東京2020』などのイベントでも大活躍している。今回は、それをアプリを入れていないスマホにも使えるようにしたところが注目のポイント。駅や車内に貼ってある小さなパネル「SoundUDトリガーボード」にスマホ(NFC機能付き)をかざす、またはQRコードを読み取ると、自動的に「みえるアナウンス」のWebサイトが立ち上がり、先ほどの機能が利用できるようになるのだ。アプリをダウンロードする必要がないという簡便さは利用者にとって大きな魅力だ。
簡単設置で可能性は無限大の「スマホでインターホン」
その技術をさらに応用・発展させたのが、次なるソリューション「スマホでインターホン」だ。駅でよく見かける従来のインターホン専用機は、日本語がわからない外国人や、音を聞き取りづらい高齢者や障がい者には利用が困難。また、専用機は設置工事や電源確保、機器の保守も必要でコストもかかる。その一方で、施設の無人化・省人化は進み、インターホン設置のニーズは高まっている。
そこでヤマハが開発したのが、利用者の手元にあるスマートフォンを使った「スマホでインターホン」である。スマホを「SoundUDトリガーボード」にかざすと、専用アプリを入れていなくとも係員に接続され、インターホンの子機として対話が可能になる。利用者自身のスマホを使用するため、非接触でウィズコロナの時代にも安心。また、スマホのカメラで写した周囲の状況は駅員が持つタブレットなどの親機でも見られるため、怪しい人物や不審な荷物を見かけた場合は映像で知らせることもできるというから驚きだ。さらに、音声での対話だけでなく、キーボード入力による文字でのやり取りや自動翻訳機能による多言語化にも対応するなど、ユニバーサルデザインに配慮しており、外国人や聴覚障がい者にもやさしい仕様になっている。
必要なものは、専用アプリを入れたタブレット端末(親機)と「SoundUDトリガーボード」だけ。改札やホーム、どこであろうと「SoundUDトリガーボード」を貼ることでインターホンを設置したことになり、1台の親機で複数の子機と会話することもその逆も可能だ。情報はインターネット上のクラウドで処理されるため、複数の駅を区間ごとにまとめて対応したり、係員が自宅で対応したり、不在にする場合はお客様センターのようなところに転送も可能になるという。まるで「どこでもドア」のような可能性を感じさせるソリューションではないか。
なお、「みえるアナウンス」「スマホでインターホン」は、このほど国土交通省から公開された「駅の無人化に伴う安全・円滑な駅利用に関するガイドライン」でも事例として紹介されている。
音がカギとなる「無人コンビニソリューション」
最後に紹介するのは、ホームの上に展示されていた「無人コンビニソリューション」だ。コンビニのミニストップでは、「ミニストップポケット」という小さな売店を初期費用0円で設置するビジネスを約700カ所で展開しているが、無人のキャッシュレスセルフレジで精算するシステムのため、不特定多数の客を相手にするわけにはいかず、設置場所をオフィスなど利用者が限定された場所に限っていた。ところが最近は、病院・学校・マンションの1階など、職域外に設置したいという要望も増えてきたため、対応に苦慮していたという。そこへヤマハが開発したSoundUDの技術を活用した開錠システムを導入することで、施錠した場所にスマートフォンをかざすだけで簡単に入店できる機能が付加され、安心して無人店舗を設置できるようになったのだ。
それを可能にしたのは、またもや「SoundUDトリガーボード」。初回入店時のみ、スマホをかざして(またはQRコードでアクセスして)画面上で顧客特性を入力すれば、次回からはスマホをかざすだけで開錠画面が立ち上がり、SoundUDから出る音(音響通信)をトリガーに、施錠を解除して入店できるという仕組みになっている。導入コストも、AIを使った画像認証など他のシステムに比べてかなり低く抑えられるという。
会場には京都府の西脇隆俊 知事も訪れ、SoundUDによる3つのソリューションを体験した。来賓としてあいさつした知事は、「新技術を体験して、音の特性を知り尽くした皆さんが開発された技術だなということを痛感した。まずは鉄道などで活用されると思うが、いずれは商業ベースだけでなく、我々が暮らしやすいユニバーサル社会を支えるインフラに進化していくことを期待したい。非常に先進的な展示会であり、これらの技術に関わってこられた皆さんに心から敬意を表したい」とその技術を絶賛した。
実は京都府は、SoundUD推進コンソーシアムに設立当初から参加しており、2025年の大阪・関西万博に向け、「けいはんな学研都市」では最新のデータ技術を駆使したスマートシティづくりに取り組むなど先進技術の研究に積極的な自治体だ。今年の10月には京都スマートシティエキスポを3年ぶりに対面で開催し、海外からも多くの参加者が集まると予想されているが、そこでもSoundUDの技術が紹介される予定だという。
音の世界に新しいプラットフォームを
これらの画期的な技術がなぜ生まれ、どこへ行こうとしているのか。SoundUD推進コンソーシアム事務局長の瀬戸優樹氏にお話をうかがった。
――SoundUD推進コンソーシアムの事務局を楽器メーカーのヤマハ株式会社が務められているのはなぜですか。
瀬戸 ヤマハは約135年、音に関するさまざまな技術を培ってきました。それを楽器以外の世界に応用していこうという取り組みからもともとのプロジェクトが始まっています。世界を広げてユニバーサルデザイン化やDX化に応用していくにはどうすべきかという観点で考えたときに、これはヤマハ1社でやることではないと、2017年に立ち上げたのがSoundUD推進コンソーシアムです。おかげさまで現在350社ほどが加入する組織に成長させることができました。
――SoundUDは音のユニバーサルデザインということで社会課題の解決を期待されていますが、ヤマハとしてはビジネス的にやられているんですか? それとも社会貢献としてやられているのですか?
瀬戸 両方の側面があります。いま、SDGsが話題になっていますが、このプロジェクトはそうしたことがいわれる前の2014年からスタートしています。音の世界で成り立っている会社ですので、音を使った社会貢献ができることは喜ばしいことです。これまで接点のなかった、聴覚に障害をお持ちの方にも音の技術を使って文字で情報を伝えることができるようになったこともその一つです。
一方で営利企業でもありますので、ビジネス面もケアしていかなければならない。インターネットの世界では、海外企業が注目を浴びていて、日本企業は世界での地位が低下し、影響力もますます小さくなっています。でもよくよく考えてみると、音の世界の情報量ってものすごく多いんです。この音の世界に新しいプラットフォームを作って、それをインフラ化していく。それができる企業は?と考えたときに、実は世界で最大級の楽器メーカーであるヤマハなら挑戦できるのではないかと思ったのが、事業として取り組みを始めたきっかけです。
――SoundUDの技術面の特長を教えて下さい。
瀬戸 ヤマハが開発し提唱するSoundUDは、音のある空間とICT機器をつなぐプラットフォームおよびテクノロジーです。音声トリガーと呼ばれる、一般的なスピーカーを利用して音響通信が行える技術をはじめ、Bluetooth®やGPS等とも連動できる「SoundUDトリガー」や「SoundUDトリガーボード」を用いることで音のICT化を実現できます。対応アプリを利用すれば、インターネットを介することなく音声を起点にして、スマートフォンなどのICT機器に情報を表示することも可能にします。
実は、今回の展示で使われている音の技術は、もともと楽器を演奏するとタブレット上の楽譜のページが切り替わる機能に使われている技術を応用して作っています。ヤマハが音の世界で培ってきた技術をクラウドにあげて、社会の課題解決に役立つものにしていこうと開発してきました。
――SoundUDをどんな存在にしていきたいですか。
瀬戸 先々の目標として、SoundUDが実現する音のインフラを当たり前の存在にしていきたいですね。声高にこういった技術を採用していますと言わずとも、音が流れているところでは当たり前のように使えるようにしていきたいと思っています。
日本企業のヤマハが、他の日本企業とスクラムを組んで目指すのは世界初の「音のプラットフォーマー」。なんとも小気味いい話ではないか。だが、最も印象的だったのは、取材の最後に瀬戸氏がつぶやいたこの言葉だった。「ヤマハが作ってきた楽器は、楽譜という世界中どこでも使える共通言語によって鳴らすグローバルな道具。言葉が違ってもアナウンスをみんながわかる状態にしていくようなSoundUDの技術って、すごくヤマハらしいのかなって思っています」