カルチャー

小学校のプログラミング教育はどこまで進んだか 大阪・池田市の小学校ではサッカーゲームの動きに挑戦

 

 小学校のプログラミング教育が必修化されて、4年目の春を迎えた。

 2023年3月に開催された全国選抜小学生プログラミング大会(全国新聞社事業協議会主催)では、条件を入力すると読みたい本を選んでくれるアプリを開発した広島県の6年生が優勝。実際の図書館でも紹介されるという驚きの完成度だった。

 でもこんな難しそうなこと、学校の一斉授業で教えられるの? そんな疑問を解決するために、プログラミング学習をしている大阪府の池田市立池田小学校の5年生の教室を訪ねた。

プログラミングの授業を受けている池田小学校5年生のクラス
プログラミングの授業を受けている池田小学校5年生のクラス
 サッカーのパスやシュートの動きをプログラミング

 「今回は、サッカーゲームを作りましょう。ボールを選手がパスする動きを作り、それができたら4人でのパスをプログラムします。当たった時に、どう動かしたいかをイメージして作ってみてください」

 プログラミングの授業を行うのは、株式会社ロジカ・エデュケーション(池田市)の講師の敷田裕紀(しきた・ゆうき)さんだ。この日学んでいたのは、当たり判定。まず、ボールを単体で動かすプログラムを作成する。当たり判定で使用するのは「ぶつかったら跳ね返る」。サッカーボールと選手がぶつかることによって、互いにパスをしているように見せることができる。それができたら、数人でパスをするために、ボールの向きを変えるプログラムへ。

角度について板書する敷田さん。舞台役者の経験があり、そこで得た伝える力を使って楽しくて分かりやすい授業を心掛けているという
角度について板書する敷田さん。舞台役者の経験があり、そこで得た伝える力を使って楽しくて分かりやすい授業を心掛けているという

 敷田さんが、黒板に矢印を書き始める。右矢印の0度から半時計回りに上が90度、左が180度、下が270度。ボール側に角度を付けることで、4人でパスするような複雑な動きを作ることができるという。ヒントを出すだけで、手取り足取りやり方を教えたりはしない。真剣な顔つきで、子どもたちは試行錯誤を繰り返していく。使用しているのは、コンピューターに指示する機能をブロック化した、ビジュアルプログラミング言語だ。

指先でブロックを操作する子どもたち
指先でブロックを操作する子どもたち

 数分すると、「できた!」と声が上がった。どんなブロックを使って選手にパスをさせたのか、子どもたちに確認していく。当たるたびにボールの角度が変わるプログラミングが書けたら、いよいよ作品作りだ。敷田さんが、2人の選手による「ドリブル、ドリブル、ドリブル、パス、シュート」の見本を見せると、子どもたちは無我夢中でタブレットを操作し始めた。

教室を巡回しながら「オモロイね!」と声を掛ける
教室を巡回しながら「オモロイね!」と声を掛ける

 授業終了10分前ごろから発表が始まった。教室前方のモニターに作品を映し、自分の名前と作品名を述べる。敷田さんは、発表者が使用したブロックについて解説しながら、「作品を披露して、みんなの反応を見ることも大事」と話す。書いたプログラムを人にレビューするのは、プロの開発でも基本だ。

作品を発表する子ども
作品を発表する子ども

 ボールと選手が接触した際に、選手側にもプログラムを入れて選手も動かし、ドリブルとパス、シュートという一連の流れをプログラミングした発表者に対して、敷田さんが「こう作ろうと思って、作ったの?」と質問する。そうだと答える発表者。

 授業の狙いは、作りたいイメージ通りにプログラムできるようになることだ。「いろいろ試す」のは大事だが、やみくもなブロック選択、適当な数字入力だけでは良くない。美しいパス&ゴールの作品は、論理的プログラムが持つ快感さを子どもたちに伝え、論理的思考力へと導いていくようだ。子どもたちの集中した姿が印象的な45分間だった。

休み時間は、子どもたちの見せ合いっこで教室がにぎやかに
休み時間は、子どもたちの見せ合いっこで教室がにぎやかに
 いち早くプログラミング教育に取り組んだ池田市

 池田市は、意識が特別高いといえるかもしれない。というのも2017年度からすでに、ソフトバンクと包括連携関係を結び、全私立小中学校にPepper(ペッパーくん)を配置して、ロボットプログラミング教育を開始していたからだ。

池田小学校の齋藤滋校長
池田小学校の齋藤滋校長

 校長の齋藤滋(さいとう・しげる)さんは、Pepper(ペッパーくん)導入時には教育委員会にいて、小学校のプログラミング教育必修化初年度の2020年に、池田小学校に赴任してきた。いざプログラミング教育が始まるというときに、Pepper(ペッパーくん)の運用は終了。困っていたときに、教育委員会在籍当時に作ったもう一つの事業、指導者派遣事業の利用を思い付いた。

 「学校に、専門家に来てもらうというもの。例えば、スイミングスクールのコーチとか。それを使って、プログラミング教育をプロにやってもらおうと思ったんです」
 プログラミングを教科として学んだわけではない教員への研修を兼ねて、プロに指導を頼むことにした。

 専門教育を請け負ったのは、前出の株式会社ロジカ・エデュケーションだ。小学生から高校生向けのプログラミング教材を学校に提供しており、2025年から始まる大学共通テストの情報科目に対応した教材もいち早く開発している。

教室内を巡回している教員たち
教室内を巡回している教員たち

 池田小学校では、低学年は生活科、3年生以上は総合的な学習の時間の一部をプログラミング学習に充てており、各学年とも年間で10時間ほどを確保している。視察した5年生は、プログラミングキャリア5年目ということだ。学校によっては、国語や算数など各教科の中にプログラミング教育を取り込んでいるケースもあるという。

タブレットを操作する子どもたち
タブレットを操作する子どもたち

 Pepper(ペッパーくん)導入時代も合わせると、池田小学校ではすでに6年以上もプログラミング教育を積み上げている。子どもたちに、何か変化は見られるのだろうか。

 「お子さんたちは、とにかくプログラミングの授業を楽しみにしています」
 プログラミングの「受け身ではない」学習が、子どもたちが「ハマる」理由ではないかという。

 「僕らの世代はコンピューターにやってもらうという意識だったけど、これからはコンピューターにやらせる、という意識でないと」

 子どもは本来、好奇心の塊だ。タブレットを操作するときの子どもたちは、何かに目覚めたかのような高い集中力を発揮していた。

タブレットを操作する子どもたち
タブレットを操作する子どもたち

 こうした教育で培われた論理的思考力は、各教科にも波及していくようだ。ここ数年で、「全国学力テストの成績が伸びた」という。

 「理科だったら結果を予想したり、算数だったら答えの見通しを立てたりしますね。それまでは、当てずっぽうや勘で予想することが多かった。でも、論理的思考が身に付けば、類推して予想していくことができる。それが、各教科の力につながったんだと思う」

 成績だけでなく、学習態度にも変化が起きている。「学校に行くのは楽しい」、「自分の考えを発表する場面がある」といった肯定的回答の割合が増えているという。

タブレットを操作する子どもたち
タブレットを操作する子どもたち
 ICT教育をけん引する若い教員

 校長として工夫しているのは教員研修だ。外部指導員を呼んだのも、プロの授業現場を担任に見せるためでもあった。「この3年で、先生たちもノウハウを身に付けてきたと思う」

 さらに、GIGA推進部というICT学習の担当部署を設置した。担当の教員がICT学習について研究し、周りの教員に広めていくための組織だ。

子どもたちが作成したプログラミング作品
子どもたちが作成したプログラミング作品

 ここまでプログラミング教育が進んだのは、池田市が教育に特に力を入れてきたという背景もある。「教育日本一」は、2016年に倉田薫元市長が掲げた目標だ。「予算を付けるから、教育日本一に向けて何かしなさい」。そう言われて、全教室に電子黒板を設置し、全教員に指導用タブレットを配った。外部人材の活用も増えたという。文部科学省のGIGAスクール構想が始まったのは2019年のことなので、数年先んじている。

 学校では、教員の低年齢化が進んでいる。この若い教員こそが、実は学校活性化の鍵。そこで、ベテランの管理職は、若い教員が進めようとする「新しいこと」に理解を示すことが大事だという。

 「若い先生は堪能です。教員にタブレットが配布される以前から、私物のタブレットを電子黒板につないで授業をしたり。覚えるのも早いし、優秀。すごく活気もある。学校の活性化のためにも、新しいことにチャレンジしていくのはすごく良いことだなと思っています」

互いに教え合う子どもたち
互いに教え合う子どもたち

 手探りで始まった小学校でのプログラミング教育。まだ全国にしっかりと根付いたとはいえないが、手応えをつかみつつある学校もあることが分かった。「プログラミングができる小学生なんて、一握りの天才だけ」という考えは誤りだ。子どもたちと若い教員、両者の「新しいことを欲する心」をうまくくすぐる取り組みが、ヒントになるのではないだろうか。