米寿を超えたベテラン農政ジャーナリストが、ライフワークとしてきた食と農の現代史を完成させた。著者の岸康彦氏は日本経済新聞の記者・論説委員を経て、大学教授や研究者として60年以上発信を続けてきた。特に「食と農の戦後史」(1996年11月)は、食・農分野に限らず戦後史全般を研究する上で不可欠の資料になっている。
その続編が期待されてきたが、農業分野だけが「農の同時代史 グローバル化・新基本法下の四半世紀」(2020年12月)として先行出版され、戦後80年の食・農の歴史のうち、「食」の後半部分が欠落していた。今回の新刊によってその空白が埋められ3部作として完結した。「農」と比べて5年遅れた理由は、健康など主に個人的な事情だと推察するが、「食」分野は多様化が著しく変化も早い。扱う分野を絞り込むという「割り切り」の難しさも要因の一つだと思われる。
本書は、「デパ地下」など中食(なかしょく)の台頭、牛海綿状脳症(BSE)に代表される食のリスク、地産地消や食育など食の安心、10年代以降急激に普及してきたフードテックの4分野に焦点を当てた。
規制が多い日本ではめずらしく、食産業に関する行政の介入は比較的緩く、民間の創意工夫が日本の豊かな食生活やダイナミックな変化を支えてきた。外食産業に至っては放任に近い。こうした点で農と食は正反対の性格があり、それを経験豊かな1人のジャーナリストが同じ目を通して戦後80年を見通しているところに、3部作の醍醐味がある。
どこまでを「歴史」として扱うか、過去と現在の境界線は一概に論じられないが、著者のアプローチは自身の人生と重なっている部分を「同時代史」として扱うという意欲的なものであり、入院先で25年の「米騒動」や「百姓一揆」の執筆を続け、エピローグの形で追記した。「生涯ジャーナリスト」としての気迫を感じる。
とは言え、著者は未完部分を補う作業を終えて「心から安堵している」(あとがき)ようだ。「同時代」は刻々と変化する。特に外食産業は20年の新型コロナ禍を境に激変し、外国人労働者への依存やロボットの導入など変化の渦中にあり、これらの変容ぶりは本書では扱われていない。
農業分野も、食料・農業・農村基本法の改正やグローバルなサプライチェーンの変化、高齢化に伴う担い手の激減を受けて変革が加速している。「続・食と農の同時代史」を担う次世代のジャーナリストが育つことを強く期待したい。「食の同時代史 」は、創森社から3月5日に発行された。2200円(税別)。
(共同通信アグリラボ編集長 石井勇人)









