カルチャー

地を這う者の視点で描く空襲 【コラム 本の森 田村文】 

『愛子さん』中脇初枝 著/208ページ/2365円/講談社

 退避じゃなくて待避? 山崎豊子の戦中日記を読んでいると「待避命令あり。急いで防空壕へ入る」という記述があってかすかな違和感を覚えた。1945年3月の大阪空襲に遭った時のことだ。田辺聖子の日記にも「防空壕へ待避した」と書かれている。

 調べて驚いた。当時の防空法は、爆弾が落ちたら防空壕から出て火を消すことを国民に義務付けていた。一時的な安全確保にすぎないから「待避」なのだ。B29が焼夷弾の雨を降らせても「逃げるな、火を消せ」である。

 そのナンセンスさ、滑稽さ、非情さを、中脇初枝は捉える。空襲を題材にした2編を収める小説集「愛子さん」の一編「穴の中の戦争」は45年5月の横浜空襲を扱う。

 語り手は幼い少女、美智子。読める漢字は少ないし、おばけが怖い。森さんの家の裏に隣組の人たちによって防空壕が掘られた。組長が力説する。「防空従事者たる我々は、空襲の際も一旦はその身の安全を図るためにここへ待避いたしますが、その後は即座に飛びだし、消火活動に邁進するものでございます」

 避難が許されるのは、幼い子どもや病人、妊婦、老人。だが身重の女性は「卑怯未練の避難はいたしません」と言い切る。そうなると還暦過ぎの森さんも「わたしも、避難いたしません」と言わざるを得ない。国家ぐるみの同調圧力だ。国債の割り当てにも応じ、飼い犬も献納しなければならない。防空演習にあまり参加しない家族は嫌みばかり言われる。やがて本物の空襲の日が来る―。

 描かれるのは、壕内外の日常だ。子ども同士の友情、困難な中での親切、恋心、やっかみや意地悪…。どこにでもあるささやかな日々を、空襲が切り裂く。

 表題作「愛子さん」は45年6月の大阪空襲を起点にした長い戦後の物語。「空から、死ね、死ねと、焼夷弾が降ってきた。夕立みたいに、ざあざあと。死ね、みんな死ね、一人残らず焼け死ねと」。「愛子さん」と優しく呼んでくれていた母も、父も、防空壕の中で命を落とした。「わたし」の足にはケロイドが残る。

 結婚は破綻、家政婦として働くが、女一人で生き抜くには過酷な世の中だ。空襲の被害者たちは国に補償と実態調査を求めるが、全国から心ない手紙が届く―。

 戦争は人々の命を奪うだけではない。生き延びた人から住みかを、お金を、健康を、尊厳を、執拗に奪い続ける。

 中脇は俯瞰ではなく、地を這う者の視点でそれを書く。目に見える光景だけでなく、音、臭い、手触り、味、こまやかな感情を、多くの人が忘れてしまうような細部を記す。そのことによって、戦争という狂気に満ちた暴力を刻印している。

(共同通信編集委員 田村文)

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.24からの転載】