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【コラム】時代を問わない不条理 映画「アプローズ、アプローズ!」

(C)2020 - AGAT Films & Cie - Les Productions du Ch’timi / ReallyLikeFilms
(C)2020 – AGAT Films & Cie – Les Productions du Ch’timi / ReallyLikeFilms

 まるで劇中劇、入れ子のような作品だ。サミュエル・ベケットの戯曲「ゴドーを待ちながら」が主題になったフランス映画「アプローズ、アプローズ!」(エマニュエル・クールコル監督)が公開されている。不条理に振り回される現代をそのまま“代入”できるベケットの作品が、実話を元にした脚本にはまり込んでいる。何を感じるか、どう解釈するかは観客次第。まさに「ゴドー」の読者と同じ場所に導かれる作品だ。

 売れない俳優のエチエンヌが、囚人たちに演技の指導をするために刑務所に通う。いわゆる矯正プログラムの一つだが、彼が選んだのはサミュエル・ベケットの戯曲、「ゴドーを待ちながら」。プロの俳優にとっても難解でハードルが高い作品、囚人たちには難しすぎる、という周囲の反対をよそに練習を始める。問題山積みだが、次第に夢中になっていく囚人たち。

 ゴドーを待つ二人の会話を主軸にした不条理劇の代表作は、ゴドーが何者なのか、二人がどこから来たのか、なぜ待っているのかさえ明確にならない。何一つ解決せず、記憶は薄れ、言葉はすれ違い、そして待つ。一見理解不能な不条理は、おそらくはさまざまな背景と事情を抱えて罪を犯し、刑に服し、そして出所の日を待つことだけで日々が過ぎていく囚人たちの心の琴線に触れ、小さな“劇団”は精神的な結束を固めていく。

 彼らの舞台は囚人たちにも、そして一般の観客にも拍手で熱く迎えられ、パリの大舞台に立つことになるが、実話に沿った展開はエチエンヌを窮地に陥れる。

 コロナ禍やウクライナでの戦争など、答えが見つからないある種の不条理に振り回される現代の観客は、何も持たず、何一つ解決せず、繰り返される日々の中で「待つ」ことを強いられている受刑者に自分を重ね、ベケットの戯曲の台詞を自然に理解する。原題を直訳すれば「勝利」。誰の勝利なのか、何に勝ったのか。その解釈も観る者に全面的に委ねられている。

text by coco.g