日本時間の3月13日、映画の祭典、第95回アカデミー賞授賞式がハリウッドで開催される。話題の中心は現在、日本でも公開中の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(略称『エブエブ』)だ。作品賞をはじめ、最多10部門11ノミネートとなっており、これまで賞レースで旋風を巻き起こしてきた奇想天外なエンターテインメント作品がどれだけオスカーを獲得するか、注目される。そこでここでは、『エブエブ』を軸に、主要6部門の行方を予想してみたい。
その前に、まずアカデミー賞の選考システムを簡単に説明しておく。アカデミー賞は、映画祭のように、数人の審査員によって賞が選ばれるわけではなく、世界の映画製作関係者が所属する“映画芸術科学アカデミー”の会員(アカデミー会員。1万人規模といわれ、渡辺謙、是枝裕和、新海誠ら、日本人も所属)の投票によって決まる。評論家やジャーナリストなど、映画を見る側ではなく、作り手が選ぶ賞であることも特徴だ。
それでは以下、各部門の予想に移りたい。
【助演男優賞】
11ノミネートされた『エブエブ』の中で最も受賞が確実視されるのが、この助演男優賞。ノミネートされたのは、ミシェル・ヨー演じる主人公をマルチバースに導く夫役を熱演したキー・ホイ・クァンだ。
『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(84)、『グーニーズ』(85)で活躍した人気子役のドラマチックな復活劇は多くの共感を呼び、アカデミー賞の前哨戦といわれる各映画賞をほぼ総なめに。受賞はほぼ間違いないと思われる。
【助演女優賞】
助演女優賞には『エブエブ』から2名がノミネートされた。主人公と敵対する役人を存在感たっぷりに演じたジェイミー・リー・カーティスと、主人公を悩ませる娘役のステファニー・スーだ。
こちらは『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』のアンジェラ・バセット、『イニシェリン島の精霊』(公開中)のケリー・コンドンとの接戦。だが、その中でもカーティスの存在感は際立っており、前哨戦の中でも特にアカデミー賞との一致率が高い全米俳優組合賞を受賞し、一歩リードしている印象だ。
【監督賞】
監督賞候補のダニエル・クワン&ダニエル・シャイナートの前には、ゴールデン・グローブ賞監督賞を受賞した『フェイブルマンズ』(公開中)のスティーブン・スピルバーグという大きな壁が立ちはだかる。
自らの少年時代の体験を基に、職人的な熟練の技で味わい深い自伝的映画を作り上げた70代の巨匠と、ミニマムなホームドラマ的題材を“マルチバース”という今風の切り口で、奇想天外な物語に仕上げた30代の新鋭クワン&シャイナート。世代も作風も対照的な2組の対決は興味深いが、前哨戦の結果を踏まえると、クワン&シャイナートがやや有利に思える。
【主演女優賞】
そして、主演女優賞の期待がかかるヨーにとって最大のライバルとなるのが、『TAR/ター』(5月12日公開)のケイト・ブランシェットだ。
オーケストラを仕切る孤高の指揮者を貫禄たっぷりに演じたブランシェットは、世界トップレベルの実力を見せつける圧巻の演技を披露。既にベネチア国際映画祭女優賞をはじめ、多数の映画賞を受賞して高評価を得ている。
これに、マルチバースの中で平凡な主婦から映画スターにまで変貌する主人公を得意のアクションを交えて熱演し、演技の幅広さを印象付けたヨーが勝負を挑む。
それぞれ持ち味を発揮した大スター同士の対決が気になるところ。ただし、過去8度の候補で既に2度受賞(助演女優賞含む)しているブランシェットに対して、ヨーは40年近いキャリアで初ノミネート。勢いに乗って前哨戦の全米俳優組合賞を受賞したヨーがやや有利と見る。受賞すれば、アジア系女優初の快挙となる。
【主演男優賞】
主要6部門で唯一、『エブエブ』がノミネートされていないのが主演男優賞。しかも、5人の候補者の全員が初ノミネートということで、接戦になりそうだ。その中で特に有力なのが、『エルヴィス』のオースティン・バトラー、『イニシェリン島の精霊』のコリン・ファレル、『ザ・ホエール』(4月7日公開)のブレンダン・フレイザー。
中でも筆者が推すのは、フレイザー。舞台を一つの部屋に限定した密室劇で、ほぼ出ずっぱりの上、毎回4時間かかる特殊メークを駆使して体重272キロの主人公を熱演。恋人を亡くしたショックで過食を繰り返し、歩くこともままならなくなった男の孤独と悲しみを繊細に表現した演技が胸を打つ。
『ハムナプトラ』シリーズなどで活躍しながらも、心身のバランスを崩して一時ハリウッドの表舞台から遠ざかっていたフレイザー自身の復活劇も、アカデミー会員たちの共感を呼ぶに違いない。
【作品賞】
そして、授賞式のクライマックスとなる作品賞。10作品がノミネートされたこの部門には、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(公開中)、『トップガン マーヴェリック』といった大ヒット作から、戦争映画『西部戦線異状なし』(Netflix配信中)、カンヌ国際映画祭最高賞パルム・ドールに輝いた『逆転のトライアングル』(公開中)など多彩な作品が名を連ねる。『エブエブ』が、その激戦を勝ち抜けるかどうか。
『エブエブ』は一見、マルチバースという設定と奇想天外な物語に目を奪われるが、その根本にあるのは、誰もが共感できる家族の物語。ゴールデン・グローブ賞作品賞(ドラマ部門)を制したライバル『フェイブルマンズ』も家族のドラマだが、『エブエブ』はさらにアジア系移民やLGBTQ+の要素も取り込んでおり、幅広い支持を集めそうな気がする。
アカデミー会員が多く参加する前哨戦の全米映画俳優組合賞、全米監督協会賞、全米製作者組合賞を制したことも、『エブエブ』が頭一つ抜け出た印象を与える。懸念材料があるとすれば、アカデミー賞は伝統的に、本作のようなジャンル映画よりも、重厚なドラマ作品を好む傾向があることだ。そうした心理がアカデミー会員に働けば、『西部戦線異状なし』、『TAR/ター』、『イニシェリン島の精霊』あたりにも、逆転の可能性がある。