カルチャー

ピアニスト菊池洋子 「子守歌ファンタジー」 【コラム 音楽の森 柴田克彦】

 「これまでありそうでなかった」CDがリリースされた。ピアノの菊池洋子による「子守歌ファンタジー」。子守歌のみが収録されたユニークなアルバムだ。
 菊池洋子は、2002年モーツァルト国際コンクールで日本人初優勝を果たして以来、内外で活躍を続ける、日本屈指の実力派ピアニスト。モーツァルトのソナタを古楽器のフォルテピアノとモダンピアノで奏でるといった意欲的な取り組みでも高い評価を得ている。

菊池洋子(ピアノ)「子守歌ファンタジー」 キングインターナショナル  KKC 100 3300円
菊池洋子(ピアノ)「子守歌ファンタジー」
キングインターナショナル KKC 100 3300円

 本作には実にさまざまな子守歌が収められている。フリース(伝モーツァルト)、ブラームス、シューベルトによる有名曲もあれば、クープランの器楽曲史上初の子守歌や、シューマン、サン・サーンス(何と6歳直前の作)、ショパン、リスト、グリーグ、ドヴォルザーク、ショスタコーヴィチ(彼の作品とは思えないほど可憐(かれん))らクラシックの大作曲家の優しい一面を伝える作品、フランスのルフェビュール・ヴェリやレヴィ、ロシアの詩人チニャコーフ、フィンランドのライティオ(楽しい「猫の子守歌」)といったレアな作曲家の意外な名曲もあるし、ジャズの大物ヴァーノン・デュークの「真夜中の子守歌」もある。
 日本の曲にしても、「ゆりかごの歌」「中国地方の子守歌」「江戸子守歌」などおなじみの作品のみならず、「アイヌの子守歌」も含まれているし、CDの最後には上皇后美智子さまの「おもひ子」という慈愛に満ちた佳品が置かれてもいる。
 また、ロシアから日本に移ったヴィノグラドフの編曲が清新な「中国地方の子守歌」や、ラフマニノフが生涯最後に手がけたチャイコフスキーの「子守歌」など、アレンジが肝となる曲も複数ある。
 多数の世界初録音を含むこれら29曲を、菊池は自然な歌心を湛(たた)えながら美しく奏で、各曲の色合いを丁寧に描き分けていく。
 こうしたアルバムが「ありそうでなかった」主な理由は、ゆったりした同系の音楽ばかりが続いて、変化をつけにくいことにあるだろう。むろん本作の各曲も“優しく温かい”点が共通してはいる。だがここでは、地域や作曲者の個性の違い、歌がピアノで弾かれることによる新鮮さ、そして何より菊池の細心のアプローチが相まって、見事な変化がもたらされている。
 それゆえ、BGM的に流すのも一興ではあるが、いざ聴き始めると1曲ずつ噛(か)み締めながらきちんと味わいたくなる。そこが特にお薦めするゆえんだ。
 本作は「コロナ禍や戦争がはびこる今、皆が生まれて初めて聴いた音楽であろう子守歌の温かさや懐かしさで心を癒してほしい」との願いで制作されたという。確かにこれを聴いていると、焦燥感や怒りは鎮まり、穏やかな気持ちになってくる。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.38より転載】

柴田 音楽の森

柴田 克彦(しばた・かつひこ)/音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。