NHKで好評放送中の大河ドラマ「光る君へ」。7月28日に放送された第二十九回「母として」では、主人公まひろ(吉高由里子)の夫・藤原宣孝(佐々木蔵之介)と、藤原道長(柄本佑)の姉・詮子(吉田羊)が亡くなった。
2人の死は、単に「亡くなった」というだけなく、まひろや道長にとって大切な存在であったことから、今後の物語に大きな影響を与える可能性がある。
まひろにとって生活を維持するために不可欠な宣孝の死は、本人も語っていたように、幼い娘・賢子を抱えた彼女の生活を脅かすことになる。その証拠に、賢子の乳母がたちまち逃げ出していたが、心配して従者の百舌彦(本田力)をよこした道長からの「息子に漢籍を指南してほしい」という依頼を断ってしまった父・為時(岸谷五朗)をしかりつけ、改めて引き受けるように迫り、最悪の事態は逃れたようだ。(このあたり、黙って父の判断に従うだけだった以前と異なり、母としてのたくましさが身についてきた様子がうかがえる。)とはいえ、夫・宣孝の死は、彼女の生き方に少なからず影響を与えるはずだ。
劇中では、漢詩に全く興味を示さない賢子(まるで、幼い頃のまひろの弟・惟規⦅高杉真宙⦆のようだ)が、代わりに読み聞かせた竹取物語に興味を持ったことをきっかけに、まひろ自身が物語を書き始めていた。それもある意味、子煩悩だった宣孝を失った喪失感を埋めるためと捉えることもできる。
一方、道長にとって詮子の死は、肉親としての悲しみはもちろんあるが、客観的には宮中での権力争いを支えるブレーンを失った影響が大きい。道長が左大臣になったのも詮子の力と先見性があればこそだし、一条天皇(塩野瑛久)との関係を維持する上でも、その母である詮子の存在は欠かせなかった。
その詮子を失った道長は、今後、どろどろした政治的な駆け引きとどのように向き合っていくのだろうか。第二十六回で娘の彰子(見上愛)を入内させる際、「道長もついに血を流す時が来たということよ」という詮子の言葉もあったが、道長自身がさらにそこへ足を踏み入れていくのかもしれない。
宣孝を失ったまひろと詮子を失った道長。物語の展開上、この2人の足並みのそろえ方はいつもながら見事だと感心するばかり。そしてもう一人、大切な存在を失った人物がいる。それは前回、敬愛する中宮・定子(高畑充希)の最期をみとったききょう/清少納言(ファーストサマーウイカ)だ。定子の死後、「枕草子」の続きを書き上げたききょうは、その原稿を持ってまひろを訪ねる。その際、定子を死に追いやった道長への恨み言を口にし、「まひろさまも、だまされてはなりませんよ。左大臣は恐ろしき人にございます」と告げる。
さらにききょうは、「枕草子」を定子の兄・藤原伊周(三浦翔平)の下に持参し、「これを、宮中にお広めいただきたく存じます」と依頼する。「後世に、『枕草子』と呼ばれるこの書物の評判は、道長を脅かすこととなる」という語りもあったが、このききょうの一連の言動も、まひろや道長の人生を大きく左右しそうだ。
大切な存在を失ったまひろと道長、そしてききょう。転機を迎えた彼女たちの人生は、これからどんな方向に進んでいくのか。まひろが物語を書き始めたことで、いよいよ「源氏物語」誕生につながる気配が漂ってきた。新たな局面を迎えた物語から、ますます目が離せなくなりそうだ。
(井上健一)