東証プライム上場のIT関連企業のクレスコ創業者の岩﨑俊雄名誉会長(85)がこのほど、講談社エディトリアルから『いつでも好奇心』(税別1350円、392ページ)を出版した。毎月1回、グループ会社を含めた社員向けに「名誉会長の喝」(以下、「喝」)とのタイトルで、メッセージを送り続けた。20年超の間、一度も休載しなかった「喝」に込めた思いや、経営の第一線で活躍してきた岩﨑氏ならではのマネジメント哲学を聞いた。
▼赤字に転落、危機感
-執筆のきっかけはなんだったのですか。
そもそも、クレスコの決算が2002年に、赤字転落し、危機感を持ったことでした。2001年に東証一部(現プライム)に上場したばかりだった、そんなタイミングでした。当時、会長に退いていたのですが、会長兼社長に復帰し、会社の立て直しを決断したのです。そこで、再建のためにはクレスコの原点を見つめ直すことが不可欠と考え、創業者として「初心に返ろう。一つの目標に向かって会社がまとまっていくことが必要だ」と痛感し、対策の一つとして全社員向けに「喝」を出すことにしました。
-当時の社内の状況はどうだったのですか。
株式上場も控え、事業部間の競争が過熱していました。部際のコミュニケーションがうまくいかず、組織としての柔軟性が弱り、結果として会社の業績の向上に結びついてはいませんでした。それぞれの事業部が熱心に取り組むことは決して悪いことではありません。しかし、競争が加熱してしまうと、社内の雰囲気がぎすぎすしてきました。部分最適であったのでしょうが、それが全体最適にはつながっていなかったケースだったと、今になって振り返ります。
-「喝」では、どのような呼びかけを心がけたのですか。
先ほども言いましたが、企業として、すべての社員が目指す共通目標を再確認することです。別の言い方をすれば、クレスコが向かうべき価値観、方向性を整えるための「言葉の土台」づくりを、毎月1日に社内のイントラネットで一斉配信を行っていました。
具体的には、それぞれの事業部が垣根を越えて知識・スキルを全社の資産として共有することです。ITの事業領域は共通点が多いのに、弊社の場合、組織の閉鎖性が協働を阻んでいたからです。そこで一度「ガラガラポン」を断行し、これまでの考え方の壁を取っ払い、各事業部が持つ知識、知恵、技術を全社のものとして再構築していこう、などと呼びかけました。
-ただ、毎回のメッセージが経営課題の内容だと、読まれない可能性もありますね。原稿の書き方で工夫されていたことはありますか。
おっしゃるとおり、会社の業績や戦略の内容ばかりだと飽きてくるだろうと思いました。そこで、折々の季節の話題のほか、私が出席した講演会での講話内容や読書で得た知見を織り交ぜた内容も意識しました。
執筆に取り組んでいたある時期から、書く際に、年齢30歳前後の社員という仮想のAさんを想定し、私が親世代の立場で語りかける形式に切り替えました。そうしたことで、仕事ではない趣味や日常のテーマにも話題が広がり、読みやすさと親密さが両立できたように感じます。結果的に、現場との距離が縮まった感覚があります。
-「喝」の感想の提出を求めたのですか。
社員には感想提出の義務化はしませんでした。私の願いとしては、読んでくれた社員が、ばったり廊下で出会ったときに「あの話題、面白かったですね」などと声をかけてくれたり、メールで感想をくれたりと、あくまで自然発生的な反応を重視していたからです。「喝」を通じて、社員間の会話のきっかけとなり、それが、組織内のコミュニケーションの潤滑油として機能してくれることを期待していましたが、手前みそながら、今振り返ると「喝」は潤滑油になっていた、という手応えがあります。

-『いつでも好奇心』の内容について紹介いただけますか。
先ほどもありましたが、「名誉会長の喝」と題して20年超、一度も休載しなかった文章の中から46編を厳選し、4部構成としました。「日常の中で」というタイトルの第1部は、若い社員たちに向けた「挫折に負けるな」などの原稿を収めています。日本商工会議所の会頭などを務めた故山口信夫氏の生きざまを紹介し「若いころの挫折はむしろ将来の糧、人生には必ずチャンスがある。意気消沈しないで前を向いて歩いて行こう!」と呼びかけました。
第2部では「経営のこころ」と称し、事業成功のカギや部下をどのように動かすのかというヒントや、このほか、企業の不祥事に対する「喝」を書きました。私は不祥事が起きる企業の背景について、「その組織内に過当な業績至上主義、競争意識があったのではないか」と考えています。経営者は過度な業績目標や競争意識を控えるとともに、社内に不正は絶対に許されないという意識を植え付けなければいけないと思いますね。
第3部は「世界はともだち」と題して、アメリカへの留学、当時のIBMで勤務したことなどを書きました。第4部については、私自身の趣味であるフルート演奏やお酒、たばことの付き合い方など身近な話題を集めました。巻末には、特別章として大ファンだった長嶋茂雄さんへの追悼文も掲載しました。
-この本を特に誰に読んでほしいですか。
経営者の方、サラリーパーソンの方はもちろんですが、特に若い人に読んでいただきたいと思います。若い世代には、この本だけではなく、多くの書物に接していただき、先人の知恵に学ぶことが大切だと思うからです。ロシアによるウクライナ侵攻、トランプ米大統領の関税発動など世界の情勢が激しく動く中、多くの読書体験を通じて「歴史」を知ることが、今を生きる知恵になると信じています。
-若い世代に最も伝えたいことは。
どの時代にも困難と幸せは同居します。大切なのは、先人に学ぶ習慣を持つことです。
ドイツの政治家であったビスマルクの言葉「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」の通り、過去の軌跡を知れば、いまの迷いに道標を得られると思うからです。中国の『史記』や『三国志』などは、人間の本質をつかむ格好の素材といえます。ゲームやアニメは否定しませんが、意識的に読書の時間を確保してほしいですね。
読書を通して見えてくるのは、裏切りや知略、協働や矛盾など、それらの人間の機微は時代を超えて反復することです。正論だけでは動かないのが人間です。「それも人間だ」と、ある種の諦念を持つという視座が、職場や社会での成熟した振る舞いにつながるはずです。
▼会社は社会の公器
-経営の第一線で活躍されてきましたが、経営者として心がけてこられたことは。
会社は社会の公器であり、創業者や社員だけのものではないことを強く意識してきました。まず経営陣が自覚し、実践し、背中で示すこと。清廉潔白である必要はなくとも、自分が社員に求めるルールを自分が破らないことが最低の条件といえます。社員は上司の言葉より背中を見るからです。
具体的には、トップとボードメンバーが範を示すことがすべての出発点です。そうでなければ、どれだけ規程や教育を整えても、組織には浸透しませんので。
-部下への指導が難しい時代に、何を心がけるべきでしょうか。
かつて部下への指導で容認された言動は、今は明確にNGな行為です。これは“時代だから”ではなく、人間理解の進歩と言えます。上から目線や乱暴な言葉は、指導する側の認識以上に、受け手を傷つけてしまいます。指導する側は「自分が言われたら、どう感じるか」を常に想像しながら、言動に留意しなければいけません。
ここは難しいところですが、厳しさは決して悪ではないと思います。相手の成長を期待することを願ったり、相手や同僚のけが・事故を未然に防いだりするなどの厳しさは必要です。ただ、厳しさの濃度調整が肝心で、行き過ぎは絶対に避けなければいけないでしょう。常に、0か100かではなく、グラデーションの中で“適切な強度”を選ぶこと、ここでも経営トップの率先垂範が不可欠になってきます。
-日本は「失われた30年」といわれ久しいのですが、なにが原因だったとみていますか。
日本の停滞で、一番欠けていたのは国家戦略です。戦後からの復興、池田勇人内閣の所得倍増計画、田中角栄内閣の日本列島改造のような「国家の大きな絵」が見えなくなっているのです。近年の政治状況は、ポピュリズムに傾いてしまい、少子化や技術立国の衰退は分かっていながら、抜本的な対策が遅れました。
今、政府の取り組むべき政策としては、5分野程度に絞って3〜5年間、集中的に投資をすることです。具体的には、食料自給・防衛・科学技術を基盤に据えるべきでしょう。日本国内の産業空洞化が進む中、技術力の再設計は待ったなしです。最大の構造リスクである少子化には最優先で取り組む必要があります。
メディアも国民も「どんな国でありたいか」という理想像を語り、その夢を育てる側に回ることが何より求められるでしょう。
-「喝」の執筆は今年2月から復活とうかがいました。
2024年10月でいったん、筆を置いたのですが、今年2月から復活しました。組織は言葉で動き、物語でつながるからです。事業部の壁を越えて知恵を共有し、共通の目標へ向かうために、トップが自分の言葉で定期的に語ることが、企業の文化と信頼を育てます。季節の話も歴史も経営も、主役はすべて人間です。小さくても確かなともしびが、誰かの心にともることを願って、これからも書き続けます。

岩﨑俊雄(いわさき・としお)
略歴=1940年、神奈川県川崎市出身。65年防衛大学校電気工学科卒(第9期)。日本IBMに入社、70年に米ペンシルベニア大学ウォートン校を卒業、MBAを取得。88年にクレスコを設立、現在東証プライム上場。2021年取締役を退任、現在名誉会長。









