『憐れみの3章』(9月27日公開)
上司から選択肢を奪われながらも自分の人生を取り戻そうと奮闘する男、海難事故から生還したものの別人のようになってしまった妻に恐怖心を抱く警察官、教祖になることが定められた特別な人物を必死で探す女という3つの奇想天外な物語が展開する。
そんなこの映画は、『女王陛下のお気に入り』(18)『哀れなるものたち』(23)に続いてヨルゴス・ランティモス監督とエマ・ストーンがタッグを組み、愛と支配をめぐる3つの物語で構成したアンソロジーだ。
『哀れなるものたち』にも出演したウィレム・デフォーやマーガレット・クアリーのほか、ジェシー・プレモンス、ホン・チャウ、ジョー・アルウィンが共演。同じキャストが3つの物語の中でそれぞれ異なる役柄を演じる。
『ロブスター』(15)『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(17)でもランティモス監督とコンビを組んだエフティミス・フィリップが共同脚本を担当。カンヌ国際映画祭でプレモンスが男優賞を受賞した。
「kinds of kindness=優しさ(親切)の種類」という原題通りに、ある面から見れば愛や優しさであるものが、別の面から見れば支配や残酷に変わるというテーマを、ブラックユーモアに満ちた一種の寓話(ぐうわ)として描いている。
不条理、難解、アナーキー、エロス、とぼけたユーモアなどは、ルイス・ブニュエル監督作品をほうふつとさせるところもあるが、この独特の世界はまさに“ランティモス・ワールド”と呼ぶにふさわしい唯一無二のものという感じがする。
また、3つの異なる役柄を演じた俳優陣では、『哀れなるものたち』に続いて「エマ・ストーンよどこへ行く…」と思わせるストーン、マット・デイモンをちょっとルーズにしたようなプレモンス、『ビートルジュース ビートルジュース』に続いてのデフォーと、それぞれが怪演を見せる。
2時間45分の長尺ということでその毒気に当てられて困惑するかと思ったが、それほどでもなかった。それは「一体これは何だ」という好奇心と「どう収拾をつけるのか」という興味を抱かされたからにほかならないし、3つの物語で構成したアンソロジーとしたことで意識が分散したことも大きかったと思う。万人に受けるタイプの映画ではないが、刺激的であることだけは間違いない。