ふむふむ

キツネザルを救うために生まれた男 【舟越美夏✕リアルワールド】

 アフリカ南東部沖の島国マダガスカルは不思議な場所だ。日本から飛行機を乗り継ぎ、24時間余り。首都アンタナナリボに降り立つと、「ここはアジアか」とつぶやきたくなった。東南アジアの友人たちに似た顔だちの人々、ヤシの木が点在する水田。その昔、先祖はインドネシアから渡ってきた、とタクシー運転手が言った。

 約8800万年前にインド亜大陸から分離したマダガスカルは、固有の動植物の多さでも知られる。中でもキツネザルはここにしか生息していない霊長類で、100種類以上がいるという。

 西部の森林保護区をガイドの案内で歩くと、チャイロキツネザルの一家に会えた。好奇心いっぱいの子どもは、樹上からするすると下りてきて、私のスマートフォンの画面に顔を近づけた。

 しかし、キツネザルは96%が絶滅の危機にあるという。国際霊長類学会会長でキツネザルの専門家、ジョナ・ラツィンバザフィ博士に会った。「キツネザルを救うために生まれてきた」と自称する彼は、献身的な保護活動で国内外で知られている。2020年に発見された新種の学名には、彼の名前が使われている。

好奇心いっぱいのチャイロキツネザルの子=マダガスカル西部、筆者撮影

 危機の背景にあるのは、森林伐採、焼き畑、鉱山開発など、人間がこの島に来て以来の活動だ。それに世界的な気候変動が追い打ちをかけている。

 「2千年前に比べて、森林は10%以下しか残っていない。25年後には消滅すると予測されている」と博士。森がなければキツネザルは生きていけない。

 人間が問題を作り出しているのなら、人間が解決を担うしかない。そして解決は、地域住民の協力抜きにはあり得ない。これが絶滅種を救う唯一の方法だと、博士は確信していた。

 博士はチームをつくり、東部マロミザハの森林地域を訪れた。焼き畑をして暮らしている住民は「自分たちの土地を盗みに来た」と捉え、博士たちを信用しなかった。

 「十分な食料がなく、健康に気を配る機会がない人に、キツネザルやカメレオンの素晴らしさを説いても届かないものだ」。住民に、森林伐採や焼き畑よりも収入が安定している養蜂や魚の養殖、養鶏などを提案し、希望者を支援した。粘り強い話し合いの末に、10年前には保護地域を作ることに成功し、住民のための地域と区分けした。小学校を訪問し、子どもたちにキツネザルら森の動植物の貴重さ、美しさを伝えた。博士の指揮の下、20代、30代のチームメンバーは献身的に活動した。

 成果は出た。この8年間は、森林火災や焼き畑、違法な狩猟がまったくない。植林も、85%が成功している。「この手法を、他地域でも実行したい」と博士は意気込む。キツネザルを救うための活動は、人間の未来を救う活動でもある。残された時間は短い。「子どもやチームの若者たちのエネルギーに触れると希望はある、と思える」と言う。

 今年66歳になる博士だが、超多忙の日々は続きそうだ。息抜きは何ですか。「キツネザルだよ。姿を眺め声を聞く。音楽を聞いて安らぐのと同じだ」

 献身的な活動に敬意を表し、博士の肖像画が近く、切手になる。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 13からの転載】


舟越美夏(ふなこし・みか)/1989年上智大学ロシア語学科卒。元共同通信社記者。アジアや旧ソ連、アフリカ、中東などを舞台に、紛争の犠牲者のほか、加害者や傍観者にも焦点を当てた記事を書いている。