ロシア出身の作家ミハイル・シーシキンが中心になって創設した文学賞「賜物賞」の第2回の受賞3作品が、5月末に発表された。作者の国籍や居住地に関わりなく、優れたロシア語作品を顕彰しようというもので、受賞作には英語・フランス語・ドイツ語への翻訳助成金が与えられる。
今回受賞したのは、とある戦争が終わってから15年後に「天国」という名の町で少年が失踪し、それをきっかけに戦争の意味や責任について考えることになるクセーニヤ・ブクシャの『小さな天国』、2022年のロシア軍によるマリウポリ(ウクライナ)包囲のときの体験をもとに、自らの記憶や夢をたどるアレクサンドラ・クラシェフスカヤの自伝的作品『マリウポリの子守歌』、ロシアによるウクライナ侵攻によって、政治に無関心だったロシアの家族や社会の亀裂が露わになるオレーク・ラジンスキーの『悔恨の日々』である。
ご覧のとおり、いずれの作品も戦争を直接・間接にテーマとしている。しかし、ロシア革命後に亡命した作家ウラジーミル・ナボコフの長編『賜物』の名を冠したこの賞は、テーマを戦争に特化しているわけではない。「独裁政権ではなく人類に対して責任を負うような新しい文化を築くこと」を目的にしているというから、おのずと、言論の自由がより保障されている亡命ロシア語文学界の活性化を後押しするものになるだろう(審査委員長を務めるシーシキンもスイス在住で、実質上の亡命作家と言える)。
とはいえ、賜物賞の船出はけっして順風満帆ではなかった。昨年第1回の受賞作として選ばれたのは、マリヤ・ガーリナの『戦争のそばで オデーサ 2022年2月~2023年2月』で、ロシアが侵略戦争を開始した直後1年間のオデーサの様子を綴ったドキュメンタリーだったが、作者が賞を辞退したのである。
ガーリナ(1958年生まれ)は、ロシア語で執筆してきたウクライナ系・オデーサ在住の作家・詩人だ。辞退の主な理由は、「ロシア語話者の保護」がロシアによるウクライナ侵略の口実にされていること、ソヴィエト時代からロシア文学がソフトパワー(自国の文化的な魅力によって他国の支持を得る力)として利用されてきたことだという。つまり、ロシア語文学のこれ以上の「発展」に加担したくないということなのだろう。
そのためガーリナは、ロシア語から離れる必要があると考えている。象徴的なのは、サブタイトルの「2022年2月」がロシア語、「2023年2月」がウクライナ語表記になっていることだ。これは、彼女がこの本を最後にもうロシア語では執筆しないという決意を表すものなのかもしれない。
戦争が長期化すれば、残念ながら、ウクライナ語とロシア語の間の溝はますます深まり、ウクライナのロシア語作家たちや、ウクライナ語・ロシア語のバイリンガル作家たちはさらにロシア語から離脱して「言語的脱植民地化」をめざすことになるのではないか。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.26からの転載】
ぬまの・きょうこ 1957年東京都生まれ。東京外国語大学名誉教授、ロシア文学研究者、翻訳家。著書に『ロシア万華鏡』『ロシア文学の食卓』など。







