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生活スタイルに合わせ住宅リノベ 空き家対策、脱炭素化にも活用広がる

都内の老朽社員寮を改修したTOMOSのマンスリーマンション

 都会の新築マンション価格高騰などが続く一方で、比較的費用をかけずに、ユーザーのライフスタイルや用途に合わせ、住宅の間取りや内装を改修できるリノベーション需要が高まっている。空き家問題対策として中古住宅を再生したり、脱炭素化時代に適合するよう断熱性能を高めたり――と、関係事業者や行政、不動産オーナーら地域住民が連携したプロジェクトが各地でスタート。社会課題への対応とビジネス成長の両立を図る手段としても、リノベーション活用の幅が拡大している。

 ▽新たなライフスタイル

 改修工事から入居者募集、改修後の賃貸物件の管理・運営サービスまでを一貫して手掛けるグッドルーム株式会社(東京都品川区、小倉弘之社長)は、同社のリノベーションブランドTOMOS(トモス)のマンスリーマンションシリーズで、新しい住居のカテゴリーとして「ライフスタイルレジデンス」の商標登録を進めている。
同社広報担当の岩田梨沙さんによると、新たなレジデンスはリノベーションによって「単なる賃貸住宅ではなく、ホテルやマンスリー・マンションとも違う」4つの要素を掛け合わせたライフスタイルの場を提供する。①デザイン性(おしゃれさ)②ホテル機能(清掃サービスや家具・家電付き)③賃貸住宅機能(キッチンや洗濯機付き、住民票の登録可能)④住居以外の付加価値(カフェ、サウナ、ワークラウンジ設置)――を備え、家賃は月額8~10万円程度、賃貸期間は1カ月から契約できる。同社は2023~25年度に、東京都、神奈川県、京都府、奈良県など全国で計30棟、約1000室を整備していく計画。
20~30代のミレニアル世代の会社員などを中心に、同社のホテル暮らし(長期滞在型)サービスを利用する人も増えている。通勤・通学に便利な場所を選ぶ人や、対照的にコロナ禍で増えた在宅ワーク中心の人など。同社が22年に行った利用者のアンケート調査によると、7割は月額10万円前後のホテルを選び、8割は賃貸住宅や実家からホテル暮らしに切り替えた。7割は手元の荷物がスーツケース2個分以下と身軽。「初期費用や(賃貸のような)更新費用が不要」「掃除、ごみ捨てや日用品を補充する必要がない」などのメリットが挙げられた。
その一方で、デメリットとして「自炊ができない」「収納が少ない」「住民票が置けない」を挙げる人が多かった。小倉社長は新たなレジデンスについて「ユーザーの新しいニーズに応えることができるよう、既存の賃貸住宅やホテルの長所を活かしながら、短所を補うサービスとして開発した」と話している。

Jam.がマスターリースした品川区のビル内(改修前)
Jam.がマスターリースした品川区のビル内(改修後)

 ▽ストック活用し資産価値アップ

 リノベーションの技術水準と品質の向上に取り組む一般社団法人リノベーション協議会の内山博文会長は、住まい手自らが組合方式で集合住宅を造る「コーポラティブハウス」事業に関心を持ち、既存の不動産ストックを活用する数々の先駆的な事業を手掛けてきた。
日本では戦後、住宅のプレハブ・工業化による大量生産が進み、新築9割、中古1割の住宅供給が続いてきた。内山会長は「家の寿命は20年といわれてきた。このため住宅の価値は15年経つと、マンションは半分、戸建てはほぼゼロになり、家が資産として積み上がってこなかった」と“新築至上主義”に疑問を呈する。その一方で、人口減少が進む中、中古住宅の流通が進まず、買い手・借り手が少なく、解体費用も掛かり年々空き家が増加。全国の空き家は約849万戸と、この20年間ほどで1.5倍になった。効果的な対策が行われない場合、空き家率は2033年度に30%を超え、3軒に1軒は空き家になる、との大手シンクタンクの推計もある。
こうした住宅事情を背景に、中古住宅を再生して資産価値を高めるストック活用事業が注目されるようになった。中古には、ユーザー本位の家づくり、新築ではできない空間の使い方といった強みがある。「住宅の数は満たされている。満たされていないものは何か。それが課題」と内山会長は話す。
だが、中古住宅は「新築以上に建物をよく知らないと扱えない。例えば、築50年の物件の改修費を聞かれても、ノウハウ、蓄積がないと答えられない。ユーザーを支えるバリューチェーンができあがっていない」(内山会長)。このため内山会長は16年に、リノベーションなどの事業運営全体をコンサルティングするu.company株式会社と、その子会社で具体的な事業をワンストップでサポートするJapan.asset management(Jam.)株式会社を都内に設立した(両社とも内山会長が代表取締役)。事業会社だけでなく、不動産オーナーも含め、企画→設計→施工→運用とワンストップでサービスを提供し、事業をプロデュースする。「地方自治体からの相談も増えている。自治体が保有する建物がそもそも使える物件かどうかの相談から、余っている土地の有効利用、民間投資(PPP)スキームまで」と対象は幅広い。
Jam.は21年から、空き家オーナーに対し、関係事業者(東急株式会社など10社・団体)と協力し、その活用手法を開発するプラットフォーム「空き家リノベラボ」の運営も始めた。リノベラボは21年度の国土交通省の空き家対策モデル事業にも選ばれた。
これまでに、オーナーと7~10年程度の賃貸契約(マスターリース)を結び、事業者自らが空き家をリノベーションした上で、転貸により家賃を得る「ゼロ円借り上げ」方式を導入した。家主は投資ゼロで済むだけでなく、契約終了後に無償で住宅が引き渡される。このほかオーナーに代わり投資型クラウドファンディングによるリノベ資金調達(5~8年程度で運用)、木材を使い部屋単位で耐震補強ができる「耐震シェルター」の商品化――などをソリューションとして情報共有。市区町村別の空き家戸数ランキングで全国2位の東京都大田区など都内3カ所、神奈川県内1カ所で再生を実践している。
このうち「ゼロ円借り上げ」方式では、大田区の築40年以上の住宅をJam.が10年間マスターリースし「庭やキッチンなどを備えた、一戸建てならではの魅力を活かしたワークスペース」に改修。閑静な住宅街の中で働くことができる場に転換し、企業などの社宅付き事務所として転貸している。
品川区では、住宅として長年使われ、ここ数年は空き家になっていた築50年超で1フロア24平方メートルと狭小な5階建てビルをJam.がマスターリース。元は居間や寝室、浴室だった各階を、洗練されたインテリアのオフィスやコワーキングスペースへ改修。会議・イベントフロアのほか、1階にはコーヒーとお酒を提供する飲食店が入居し、「街づくりや都市の課題解決に関わる人や、古くから暮らす近隣の皆さんが気軽に訪れ、相互に交流できる」複合ビルとして開業している。

YKK APの性能向上実証プロジェクトで改修された神奈川県の一戸建て

 ▽カーボンニュートラルに向けて

 政府は2050年までに温室効果ガスの排出ゼロを目指すカーボンニュートラルを20年に宣言し、施策の強化に乗り出している。建築分野では、外壁や窓を通じた熱の損失を防止するための省エネ基準(断熱等性能等級4)への適合が、これまでは一部に限られてきたが、25年4月からは原則的に全ての新築建物について義務化される。だが、等級4では欧米レベルに遠く及ばないため、22年にこれを上回る等級5、6、7も新設。等級5は住宅のエネルギー収支をゼロにするZEH(ゼッチ)水準の外皮(外壁、窓など)性能で、30年度の適合義務化が予定されている。これを上回る等級6では1次エネルギー消費量がより削減され、等級7なら「(条件によっては)無暖房でも過ごせるレベル」といわれる。
新築建物の目標が明確になる一方で、「50年までに政府宣言を実現させるためには、既存のストック住宅の平均でZEHレベルの省エネ性能を確保する必要がある」と指摘されている。ところが、国土交通省の調査によれば、21年度時点で、ストック住宅約5千万戸のうち建物断熱性能の新築で求められている現行基準を満たしているのは13%に過ぎず、その対策が今後の大きな課題になる。
こうした脱炭素化の流れを見越し、同時に、地震国に欠かせない耐震化にも対応するため、窓・サッシ大手のYKK AP株式会社(東京都千代田区、魚津彰社長)は17年から、一戸建て住宅の断熱・耐震性能を向上させるリノベーションの実証プロジェクトを全国各地の関係事業者や専門家と協力して実施。これまでに22戸の改修を通じ、「リノベーションでも等級6相当の断熱性能と、(耐震性が最も高い)耐震等級3相当を備えることは可能」「同性能の新築に比べコスト・パフォーマンスは良いが、費用が2千万円前後かかる」などの実証データを得た。
これを踏まえ、同社は21年10月、「リノベ普及のボトルネックになっている、事業者の物件の選び方・見立て方や、設計、施工などのノウハウ不足を克服し、一緒に知恵を出し合って、性能向上リノベーション市場を創造していきたい」(西宮貴央・性能向上リノベ推進室長)として、全国の関係事業者を会員とする「性能向上リノベの会」を設立した。同社が事務局を務め、会員は23年3月に350社を超えた。
同会は会員に対し、顧客との事前相談から契約、設計、施工、引き渡しまで、全業務フローにわたり「個社の悩みに応じた」サポートメニューや実践マニュアルを提供。省エネ計算や耐震診断、補助金の申請代行、住宅ローン、保険など、幅広い専門業務をサポートする企業・団体も紹介する。性能向上リノベの認知拡大と営業にも役立つよう、改修後に会独自の認定証も発行している。法定基準をベースに「断熱等級」と「耐震等級」を評価し、それぞれ高い順にゴールド、シルバー、ブロンズの3段階で認定し、施主などに提供している。
会の事業活動について、自らも参画しているリノベ協議会の内山会長は「今までは新築中心だった事業者が、リノベの技術、マーケティング、営業も学び、横の連携や事業協力が広がってきた」と指摘。YKK APの西宮室長は「ストック住宅の活用、空き家対策、カーボンニュートラル社会の実現という複数の社会課題の解決を図っていきたい」と話している。