おでかけ

【極上の田舎】1日1組限定、四万十川源流の宿 五右衛門風呂や山菜採り、満天の星も

長寿庵の彰次さんと仁美さん

 日本最後の清流、四万十川の源流点がある高知県高岡郡津野(つの)町。四万十川は、全長196kmにもおよぶ四国最長の川で、環境省による名水百選にも選ばれている。東西に広がる美しい清流は、その流域の自然だけでなく、林業や農業、漁業などの産業のほか、地域の生活を支えると共に文化を育んできた。自然豊かな四万十川の流域には、宿泊施設やレストラン、体験施設なども数多く広がり、四国を代表する観光エリアになっている。

 四万十川流域で最上流に位置する宿が、津野町にある「長寿庵」。宿を切り盛りする本川仁美さんの生家で、囲炉裏(いろり)がある築300年の古民家を活用し、2006年から民宿を始めた。

 仁美さんが民宿を始める前は、仕事や子育ての合間を縫っては生家に通い、家屋や庭の手入れを行っていた。しかし、囲炉裏に火が入らないことで、家屋が少しずつ傷んでいくことを目の当たりにし、55歳で移住を決心。囲炉裏がある家屋を後世に残したい一心で、長寿庵を開業した。夫の彰次さんも勤務先の定年退職を機に移住し、二人三脚で宿泊客をもてなした。

 1畳もの広さがあった囲炉裏には、自然に人が集まり、食事やうたげが始まる。焼き物や鍋料理、ハトの形をした徳利を温めながら土佐の地酒をチビチビ。囲炉裏の火と煙を見ながら過ごす、ゆったりとぜいたくな時間が長寿庵に流れていた。

自然に囲まれた現在の長寿庵

■火事で全てをなくすも、四万十川流域の仲間の支援で再建

 2021年4月、大切に守ってきた築300年の長寿庵が火事で全焼した。土佐和紙の原料となる「こうぞ」や「みつまた」の加工を担っていたこともある家屋は、木造でわらぶき屋根。火は瞬く間に家屋を飲み込み、火柱が30mほど上がったという。失意の底に沈む彰次さんと仁美さんは、宿をやめることも考えたが、再建に向けて二人の背中を押したのは、四万十川流域の仲間たちからの絶え間ない支援だったという。

土佐の資材で建築した長寿庵

 同年12月、自宅裏山のスギやヒノキの伐採を開始。約1年をかけて2023年2月に、現在の長寿庵が完成した。建築にあたり、仁美さんも勉強し、大工や左官職人の作業を見守ったという。土佐スギ、土佐ヒノキ、土佐イグサの畳、土佐漆喰、土佐和紙で作られた長寿庵は、夏は涼しく冬は暖かい。湿気や熱を木材が吸収するため、夏も冬も快適に過ごせるという。掘りごたつが設けられた食卓は、囲炉裏が入るよう設計され、囲炉裏の製作にも取り掛かっている。

五右衛門風呂

■1日1組限定のラグジュアリーな宿 五右衛門風呂や山菜採りも

 自然豊かな長寿庵には、爽やかな風と清流のせせらぎ、野鳥のさえずりが部屋の中をなでていく。そして、気さくで優しい彰次さんと仁美さんが、祖父母のように温かく見守ってくれる。記憶のどこかに刻まれている、懐かしい思い出がふとよみがえり、心から癒やされていく。極上の田舎とは、それぞれの思い出に浸れる場所なのかもしれない。

五右衛門風呂をたく

 長寿庵では、自給自足の生活に触れられることも特徴。彰次さんと一緒に薪を割って五右衛門風呂をたき、家の周りに自生する四季折々の山菜を採り、近所の畑で野菜収穫体験などもできる。収穫した山菜や野菜は、仁美さんと一緒に料理も。2024年3月に県内で行われた「オススメどっぷり高知旅コンテスト」では、応募があった166件の体験型企画の中から受賞をしている。

彰次さんと山菜採りへ

 お風呂は、鉄製の五右衛門風呂。ミネラルたっぷりの柔らかい水を薪でたき、そーっとスノコを足で沈めながら、ゆったりと湯につかる。極楽です。お風呂を出たら、爽やかな風を感じながら縁側でビール。そして、待ちに待った夕食。食材は新鮮な土地の物で、仁美さんが腕を振るった料理が並ぶ。米粉の衣に包まれた、採れたての山菜の天ぷらは香りが豊かで、たまらない。

採れたての山菜の天ぷら

 宿の夜は満天の星空に包まれる。山々に囲まれた空には360度、星が広がり、筆者が宿泊した夜は夏の星座が21時すぎに現れ始めた。さそり座の赤いアンタレスをはじめ、はくちょう座を結ぶ夏の大三角。広がりゆく天の川は幻想的で、わずか数分の間に現れる流れ星にため息が漏れる。これほど美しい夏の星空を見たのは、初めての経験だった。

写真は天狗高原からの星空(高知県提供)

■四万十川源流点や四国カルストの案内も

 長寿庵では、四国カルスト天狗高原や四万十川源流点へのガイドも行っている。山の稜線に20基もの巨大な風力発電の風車が並ぶ「風の里公園」を経由し、四万十川源流点に車で向かった。

四万十川源流点

 四万十川源流点は、四国カルストの南東にそびえる標高1336mの不入山(いらずやま)の中腹にあり、車を下りて、生い茂る木々の中を20分ほど登れば、日本最後の清流の源に到着する。不入山からの清流は流域を巡り、多くの支流を集めて大きな川となり、196km先の太平洋に栄養たっぷりの豊かな水を注いでいく。

 長寿庵の宿泊客は、繰り返し訪問することも多いという。宿泊客が記入したノートには、彰次さんと仁美さんへの感謝のメッセージがたくさん並んでいる。「再建した長寿庵の建物は、後世に300年は残したい。これからも四万十川流域のみなさんと一緒に、お客さまにおもてなしをしていきたい」と二人は語る。

 すてきな笑顔のお二人に、また会いたくなった。

■長寿庵(ちょうじゅあん)
住所:高知県高岡郡津野町芳生野丙1621‐1
TEL:0889-62-3031
宿泊は、1日1組(4~5名)限定。予約は電話に限る。