カルチャー

銭湯・サウナ・クラフトビール… 令和の若者をとりこにするライフスタイルが大阪梅田に

 

 「昭和のおじさん」の代名詞だった銭湯やサウナ、ビールに、今20~30代の若者が注目している。阪急うめだ本店10階うめだスーク中央街区パークでは、全国の銭湯カルチャーを集めた「銭湯CHILLAX(チラックス)」の売り場を展開。阪神梅田本店1階食祭テラスでは、銭湯とクラフトビールの2大ムーブメントを取り上げた「湯上りビールフェス」を開催している。

阪急うめだ本店の「銭湯CHILLAX(チラックス)」の売り場。
阪急うめだ本店の「銭湯CHILLAX(チラックス)」の売り場。
飲食のブースとグッズが並ぶ阪神梅田本店の「湯上りビールフェス」の会場。
飲食のブースとグッズが並ぶ阪神梅田本店の「湯上りビールフェス」の会場。

 CHILLAX(チラックス)はCHILL(チル)とRELAX(リラックス)を合わせた造語。「若者は、カフェなどでまったり休憩することを“チルする”という」と教えてくれたのは「銭湯CHILLAX」の売り場を担当した阪急うめだ本店の木村奈美さんだ。昔ながらの銭湯もあれば、若い人が跡を継ぎ、DJイベントやアートイベントを開くなど、従来とはイメージの異なる銭湯も生まれている。

 木村さん自身、小さい頃に銭湯によく連れて行かれたという。「隣に座ったおばさんが話しかけてきたりして、初めて会うのに自然とコミュニケーションが取れるのも面白い。日本の残していくべき文化だし、この文化をもっと浸透させたい」という思いで企画した。

hiroaki takanoさんが直接銭湯に行って描き下ろしたイラスト(「銭湯CHILLAX(チラックス)」)。
hiroaki takanoさんが直接銭湯に行って描き下ろしたイラスト(「銭湯CHILLAX(チラックス)」)。

 「湯上りビールフェス」を担当した阪神梅田本店の吉田創さんは、銭湯とクラフトビールにまつわる“人”を会場に集めた。滋賀県大津市の銭湯「都湯」の番頭・原俊樹(はら・としき)さん、大阪市東淀川区の銭湯跡地をビール工場にした「上方ビール」の志方昂司(しかた・こうじ)さん、徳島県上勝町のクラフトビールメーカー「RISE&WIN」の池添翔太(いけぞえ・しょうた)さんらは、銭湯ブームやクラフトビールブームの中心にいる人物だ。

「上方ビール」の志方さん(左)と「RISE&WIN」の池添さん(右)のトークショー。
「上方ビール」の志方さん(左)と「RISE&WIN」の池添さん(右)のトークショー。

「お風呂屋さん×(掛ける)〇〇」がしたい、黒猫と暮らす番頭の原俊樹さん

「全部の縁が今につながっている」と話す原さん。
「全部の縁が今につながっている」と話す原さん。

 大阪府吹田市出身の原俊樹さんは、18年11月に滋賀県大津市の廃業していた銭湯「都湯」を開業した。「15歳の時に家を出て、四畳半のトイレ共同、風呂なしの物件に住んでたんで、必然的にお風呂は銭湯。もともと銭湯が好きだったんです」
 転機が訪れたのは、18年6月の大阪府北部地震と同年9月の台風21号。地震でライフラインが止まり銭湯のありがたみを痛感し、台風被害で銭湯がバタバタと休業したことにショックを受けた。
 「思わず、“僕がやる!”って言ったんですよ」。だが、素人が簡単に引き継げるわけもなく、若手銭湯経営者として先を歩んでいた京都市下京区の「サウナの梅湯」の湊三次郎さんに会いに行った。「銭湯がなくなってほしくないと伝えたら、一緒にオーナーに交渉に行ってくれた」。結局、地元の銭湯は継げなかったが、湊さんの2号店「都湯」を任されることになった。1年前には独立し、今は番頭を務めている。
 銭湯経営を始めてみると、前職の食品メーカー営業時代の感覚が役立った。「お客さんが来てくれてはんのに、番台に座って、ただいらっしゃい、おおきにと言うだけで何もしないのは、もったいないじゃないですか」。そこで、出版社に声を掛けて銭湯でブックフェアを行い、自ら本を売った。「銭湯が450円、本が1500円ほどだから、誰が買うんですかって(笑)」。ところが、蓋を開けると記録的な売り上げとなった。「サラリーマン時代のお堅い営業と違って、風呂屋の接客は“人情”。彼女の誕生日だっていうから、これ買ったらええやん! って言ったら、買いますってなる(笑)」。
 普段から意識しているのは、近江商人の「三方良し」だ。「自分をなくすのって、一見良くない言葉に聞こえるけど、すごくいい。銭湯だけど本を売る。出版社もうれしい、都湯も関われてうれしい、買った人もいいものが買えてうれしい」
 ブックフェアが縁となって、銭湯マンガ『みゃーこ湯のトタンくん』(スケラッコ著・ミシマ社・東京)が誕生した。「トタンは都湯の男湯の上で生まれた野良猫なんです。都湯を再開した2018年11月17日生まれ。そのストーリーがもう“招き猫”」

猫の銭湯の世界に人間の原が迷い込む物語をゆるいタッチで描いた『みゃーこ湯のトタンくん』。
猫の銭湯の世界に人間の原が迷い込む物語をゆるいタッチで描いた『みゃーこ湯のトタンくん』。

 都湯で出会った猫のトタンと奥さん、2人と1匹の暮らし。「かつて最悪の状態だったから、上を目指そうなんていう気は一切ない。ただ単にお客さんが来て、そのお客さんが帰って、満足な1日。平凡さえあればいい」

 最近は、トタンに会う暇もないくらいに多忙だという。すでに、意識は後進育成に向いている。「若い子に届けたい一心でやってる。お洒落な服を作ったり、ファッションの穴を埋めたり。原さんみたいなことをやりたい!と思ってもらいたい。利益が出たら、誰も踏み入れてない新しいところに投資して、道を切り開いていくところを見せようと思ってます」

原さんが制作販売している都湯のオリジナルグッズ。
原さんが制作販売している都湯のオリジナルグッズ。

銭湯跡地でクラフトビール作り、「上方ビール」の志方昂司さん

「コロナになるなんて聞いてなかったんで(笑)」。インバウンドを意識して作ったという純和風のラベル。
「コロナになるなんて聞いてなかったんで(笑)」。インバウンドを意識して作ったという純和風のラベル。

 志方昂司さんは、廃業した銭湯をリノベーションし、4年前に大阪市東淀川区でクラフトビール工場「上方ビール」の操業を始めた。1986年生まれ。もともと飲食業界にいた。「ワインや日本酒は料理に合わせるのに、ビールは“とりあえずビール”って頼む。料理に合わせて選ばないことに違和感があったんです」。そんなときに、クラフトビールブームが到来。自分でビールを作れることを知り、思い切って新しい世界に飛び込んだ。

 「不動産屋に、ボケみたいに銭湯を紹介されて(笑)。借りてみて分かったんですけど、好条件だった。給排水のパイプがしっかりしているとか、お湯をいっぱい張るから基礎が強いとか」

左が元女湯、右が元男湯。
左が元女湯、右が元男湯。

 たまたまだった銭湯跡地が、新たな発想を生んだ。元男湯にビールタンクを置き、土日には元女湯と脱衣所で直売所をオープンし、グラスの代わりに牛乳瓶で生ビールを提供している。

 「近隣に面白い商店街があるんで、そこで買った物を持ち込み自由にしてるんです。地域活性というか、一緒にやっていこうみたいな雰囲気」

 生産者や飲食店とともにオリジナルビールを作ったり、今後は、お酒のジャンルを超えたイベントを仕掛けたりするのが目標だ。

「風呂を通じて、もう一回運命が巡り合ったみたいな感じ」。10代のころ、たまたま地元のバイトの先輩後輩だったという、原さん(左)と志方さん。
「風呂を通じて、もう一回運命が巡り合ったみたいな感じ」。10代のころ、たまたま地元のバイトの先輩後輩だったという、原さん(左)と志方さん。

ゼロ・ウェイストの町で何か面白いことを、「RISE&WIN」の池添翔太さん

ビールを注ぐ「RISE&WINE」の池添さん。
ビールを注ぐ「RISE&WINE」の池添さん。

 1983年生まれの池添翔太さんが、7年前からクラフトビール「KAMIKATZ」を生産、販売している「RISE&WINE」があるのは、人口1500人弱の徳島県上勝町。2003年にごみをゼロにする「ゼロ・ウェイスト」という目標を掲げた町だ。

 「もともとごみの分別を全くしていなくて、上勝へ行けばゴミを捨てられると、近隣の町の人がゴミを投機するようになったらしいです」。そこで、当時の笠松和一町長は、思い切ってごみ収集をやめることにし、住民に説明して回ったという。そんな町から、池添さんのいた、徳島市にある食品衛生コンサルティング会社に声がかかった。

 「もともとうちは菌検査やコロナウイルスのPCR検査を行う会社だけど、関わりのある生産者や農家が、自分たちの作物を自分で加工し販売する“6次産業化”もサポートしていた。おもしろい会社だから何かやってくれるんじゃないかって」

徳島つながりでブースを頃場した池添さん(左)と、徳島県産のシイタケを使ったハンバーガーを提供する大阪市靭本町の「イエスバーガー」の赤木良太さん。
徳島つながりでブースを頃場した池添さん(左)と、徳島県産のシイタケを使ったハンバーガーを提供する大阪市靭本町の「イエスバーガー」の赤木良太さん。

 川の水で電力を作る小水力発電、トラックの移動式スーパー、調味料の量り売り…。上勝町で挑戦を重ねたが、思うように定着しなかった。そんな時、オーナーが米国オレゴン州ポートランドで、量り売りのビールを見つけたという。

 「その日の分だけ買って持って帰る文化を初めて見て、あの田舎町で“できたてのクラフトビール”をバーベキューと一緒に楽しめたら、ゼロ・ウェイストのコンセプトにも合うし、町も盛り上がるんじゃないかって」

 クラフトビールの生産は、それまでと違う手ごたえがあった。町外からも客が来るようになった。SDGsへの関心の高まりからメディアにも注目され、田舎の立地も幸いしてコロナ禍で生産量は2倍に。20年には、ゼロ・ウェイストのライフスタイルを伝えるごみステーション「上勝町ゼロ・ウェイストセンター」が開業し、町の注目度がさらに上がった。

 今後やってくれる面白いことは? 「上勝町でサウナをオープンする予定。ビジネスでチャレンジしたい若者には、ぜひ上勝町に来てほしい。応援するんで」

塩とレモンを使った、サウナビール「モーニングサウナー」。「コロナの生産調整で暇になって、なら自分たちの好きなビールを」といって生まれた。
塩とレモンを使った、サウナビール「モーニングサウナー」。「コロナの生産調整で暇になって、なら自分たちの好きなビールを」といって生まれた。

若手経営者のアイデアを形に、ベテラン銭湯経営者の森川晃夫(もりかわ・てるお)さん

催事会場でも、若手経営者が制作したグッズを購入して応援する森川さん。
催事会場でも、若手経営者が制作したグッズを購入して応援する森川さん。

 若者を後押しする大人もいる。「若手の経営者に新しい発想を出してもらって、それをまとめて組合で実現していくのが僕の立ち位置」。志方さんの「上方ビール」のご近所さんで、昭和湯(大阪市東淀川区)のオーナーだ。

 「50年前の大阪万博のときは2300軒あったが、今の大阪府下の数は300軒」。減少の一途をたどる銭湯。廃業の原因は、事業承継者がいないことと、公衆浴場の価格統制による低い入浴料金だ。燃料費や人件費、電気代を考えると、1日100人の集客でもきついという。「グッズを売ってみたり、サウナ料金を別で取ってみたり。そういうところで皆さん頑張ってはる」。

 変化が起き始めたのは5年ほど前。「若者がすごくたくさん来るようになった。昨日も銭湯に行ったら、大学生くらいの若者がめちゃめちゃおった。おじさんの聖地やったんですけどね」。

 なぜ若者は銭湯へ行くのか。「IT関係とか、徹夜ですごく疲れているときに来て、サウナや熱いお風呂と冷たい水風呂に入って、自律神経のバランスを整えてはるんです。1トンぐらいのお湯の中に入ると、体重が5分の1になって心臓が血を送りやすくなり、血流が良くなる」。

 若者たちは、銭湯でリフレッシュできることを覚えたことで、銭湯の衰退が自分事となった。「廃業しているお風呂屋さんを自分たちの手でよみがえらせるとか、グッズを持ってお風呂に来ることをステータスにするとか。日本の文化を守りたいっていうスピリッツもある。これは残さなあかん、なくしたらあかんってね」

 「湯上りビールフェス」は11日まで、「銭湯CHILLAX(チラックス)」は12日まで。

◎都湯

住所:〒520-0802 滋賀県大津市馬場3-12-21

営業時間:14:00~24:00

定休日:木曜日

◎昭和湯

住所:〒533-0032大阪市東淀川区淡路4-33-1

営業時間:14:45〜23:00

定休日:水曜日

◎上方ビール

住所:〒533-0031 大阪府大阪市東淀川区西淡路3-15−6

営業時間:14:00〜19:00

営業日:土・日曜日(臨時休業あり)

◎RISE&WIN

住所:〒771-4505 徳島県勝浦郡上勝町大字正木字平間237-2

営業時間:11:00~17:00(17:00以降予約制)

定休日:月・火曜日