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冬の秋田さ来てたんせ <3>飲食編

山本酒造、3種類の日本酒飲み比べ

 なまはげ、きりたんぽ、温泉など、ユニークな風習やおいしい食事、癒やされる環境で知られる秋田県。実はそれ以外にも、伝統的なお祭り行事や、歴史ある発酵食品、豪雪地帯ならではの雪を使ったアクティビティーなど、観光客を引きつける魅力がたくさん存在する。

 今回は日本古来の発酵・醸造技術に目を向け、伝統を守りながら新しい価値に挑戦する日本酒やみそ、しょうゆの蔵元の取り組みを紹介する。

▽米作りからこだわる伝統的日本酒造り

 JR秋田駅から羽越線と由利高原鉄道鳥海山ろく線を乗り継いで約1時間半。終点の矢島駅近くの天寿酒造には2月、年に1度の「酒蔵開放」を目当てに多くの人が訪れる(2025年は2月22日開催)。当日朝に搾った限定酒の試飲や販売、酒かす詰め放題イベントのほか、事前予約制の酒蔵見学も人気の的だ。

多くの人で活気にあふれる毎年2月の酒蔵開放(写真提供:天寿酒造)

 日本の発酵・醸造文化の代表格である日本酒は、ごく大ざっぱに言えば、原料の米に含まれるデンプンが、カビの一種であるこうじ菌の働きで糖に分解され(糖化)、それを微生物の酵母がアルコールに変えて(発酵)できる。

 糖化、発酵の方法は酒の種類によって違う。ワインは原料のブドウに糖が含まれているため発酵だけの「単発酵」、ビールは糖化の後に発酵を行う「単行複発酵」、一方で日本酒は同じタンクで糖化と発酵を同時に進める「並行複発酵」。日本酒はこの独特の製法によって、蒸留しなくても20度近くの高いアルコール度数を達成している。

 日本酒造りの複雑な工程の第一段階は、玄米の表面を削る精米だ。削って残った割合(精米歩合)は、ご飯として食べる米は91~92%、普通の日本酒だと約70%であるのに対し、大吟醸は50%以下。栄養分やうま味は米の表面に多いが「削らないと、発酵阻害や雑味の原因になってしまう場合がある」(天寿酒造の大井将樹常務)という。

米を蒸すタンクの前で説明する大井将樹常務

 酒米はすべて契約農家が栽培している。天寿酒造は1983年に「酒米研究会」を設立し、稲の高さや葉の色などの具合をみて成長を調整するなど、契約農家とともに品質向上に挑んできた。1830年創業の伝統を大切にしつつ、定量定間隔での洗米機や米とぎ後の脱水機など、機器の独自開発や改良にも取り組んでいる。それらが天寿酒造の目指す「地元でできる最高の酒」につながっているようだ。

 代表的な銘柄の一つである純米大吟醸「鳥海山」を試飲させてもらった。爽やかな香りで、口に含むとまろやか。うま味がふわっと広がるが、後味はすっきりしている。大井常務は「東京農業大が分離したナデシコの花酵母を使い、低温でゆっくり発酵させてある。日本酒が苦手な人でも飲みやすいと思う」と言う。

さまざまな日本酒を飲み比べられる酒蔵開放の「大試飲販売」(写真提供:天寿酒造)

 日本酒や本格焼酎、泡盛などの伝統的酒造りは2024年12月、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された。酒は祭りや結婚式などの行事に不可欠で、地域の気候、風土に合った酒造りによって職人らと住民が結びつき「地域社会の結束に貢献している」と文化的側面が評価された結果だ。

 酒蔵開放を逃しても、天寿酒造では蔵や瓶詰め工場の見学(要予約)が可能。酒を飲まない人でも酒造りの現場を訪れれば、雰囲気に酔ったり、杜氏(とうじ)や職人の技術の継承に思いをはせたりと、楽しい時間をすごせるはずだ。

▽カフェの実験室から「ゴージャス」日本酒

 青森県との県境に近い秋田県八森町の国道を北上すると、しゃれた建物が姿を現した。緩いS字を描くアーケードに導かれ、秋田杉の天井がぬくもりを感じさせる建物の中へ。目につくのは、サーバーを備えたカウンター、ゆったりと配置されたテーブルといす、そしてガラス張りの小部屋だ。ここは隣接する山本酒造店が運営する「LABO and CAFE YAMAMOTO」。一見すると開放感あふれるカフェだが、スタッフの佐藤瑞希さんによると「山本酒造店の実験室」「新時代の日本酒文化を創造する実験的空間」という位置付けという。

バーで見るようなサーバーを備えた「LABO and CAFE YAMAMOTO」

 1901年創業の山本酒造店は2007年、大きな転機を迎えた。倒産の危機にひんして杜氏制を廃止、後継者の山本友文さんを含む蔵人全員が意見を出し合って酒を造る形に変えたのだ。「背水の陣で挑んだら、初年度で奇跡的においしい純米吟醸が生まれた」と山本さん。新ブランド「山本」が誕生、山本さんは12年に代表に就任し、23年にはLABO and CAFE YAMAMOTOをオープンさせた。

 入って左手にあるガラス張りの小部屋は「ラボ」と呼んでいる醸造室。世界遺産・白神山地の超軟水のわき水と、使ったことのない米や酵母をさまざまに組み合わせ、ここでしか飲めない日本酒を造る。これまでに29種類を試作。訪れた時は仕込み用の木桶は空だったが、1年の半分以上は仕込みの様子が見られるという。

 3種類の日本酒の飲み比べに挑戦した。この日は027~029番。サーバーから計量用シリンダーへ、そしてグラスへとつがれる液体は、色合いも香りも味も異なる。添えられた紙には米の種類、精米歩合、酵母の種類が記載され、029番は「秋田酒こまち、55%精米、ゴージャス山本酵母」とある。リンゴのような香りで、やや甘口だ。027番は華やかな香りと穏やかな酸味が特徴、028番はすっきりとした味わいの濁り酒。

 他に「セクスィー山本酵母」を使った日本酒もある。ユニークでふざけたようなネーミングだが、米国で機械工学を学び音楽プロダクションで勤務した山本社長の経験や遊び心が、影響しているのかもしれない。

「ゴージャス山本酵母」で造った限定日本酒

 珍しい量り売りもしている。カフェなのでソフトドリンクや6種類のマカロン、「いぶりがっこと酒粕(さけかす)チーズのピッツァ」などの食事も注文できる。気を付けたいのは、支払いには現金が使えず、カードや電子マネー、QRコード決済などになること。「手が汚れず、間違えない、やりとりが早い」(佐藤さん)から。時代を先取る精神は、こんなところにも表れている。

▽独自酵母で伝統と革新の融合を

 日本の食卓に欠かせない、みそ、しょうゆが苦戦している。生産・出荷量や1世帯当たり購入量は減少傾向。現状に危機感を抱き、10年がかりで発見した酵母で新製品や料理への活用、さらに酒造りにも取り組むヤマモ味噌・醤油醸造元(湯沢市)を訪ねた。

 入ってすぐ右手はアンティーク家具が置かれたカフェレストラン、左はバーカウンターや調理室になっている。見学と昼食で計約2時間のツアーランチを澤口駿亮社会変革事業部長が案内してくれた。奥へ進み、しょうゆを発酵、熟成させる「もろみ蔵」へ。大人の背よりも高い樽(たる)が並び、ろうそくの炎がゆらめく。旬の食材を酵母で発酵させるなど、出てくる「全ての料理と飲み物に発酵技術が生かされている」。説明しながら澤口さんがワインをつぎ、最初の一品「熊肉とリンゴのアペタイザー」からコースが始まった。

もろみ蔵でワインをつぐ澤口駿亮さん

 県南部の盆地にある湯沢市は、栗駒山からの伏流水と豊富な米に恵まれ、古くからみそやしょうゆ、日本酒造りが盛んに行われている。1867年創業のヤマモは、蔵に古くから住み着いている「蔵付き酵母」を大切にしながら、伝統的な天然醸造に当たってきた。だが「食生活の多様性や人口減少で消費量が減り、みそ、しょうゆ造りは限界に来ていると感じていた」と澤口さんは明かす。

 そこで七代目当主の高橋泰さんは、業界外の菌や製法を取り入れるなど製造条件をさまざまに変えてみそを試験醸造し、10年がかりで独自の酵母を発見。「Viamver(ヴィアンヴァー)酵母」と名付け、2022年に微生物特許を取得した。

 みそ、しょうゆ作りに使われる酵母のアルコール生成能力は通常、3%程度。ところが新酵母は11%もあった。みそ、しょうゆの世界の人からは「異常発酵」と言われたが、酒の蔵元からは「優秀な酵母」とたたえられた。また、魚介のうま味成分であるコハク酸を生成、みそ由来酵母には珍しく無塩でも活動できる特性を生かし、料理への応用を進めている-。

 こうした話を聞きながらの食事は、場所をもろみ蔵からレストランに移して続いた。驚いたのは酵母漬けの鹿肉。柔らかく臭みがない。「酵母には肉を柔らかくする効果やにおいをマスキングする効果があり、ジビエ料理にも合う」(澤口さん)わけだ。

柔らかく臭みがない鹿肉料理

 独自酵母を使ったみそ、しょうゆなどの調味料は20種類、酒は酒造所に製造委託したワインやどぶろくなど4種類、ビールが1種類。さらにパンづくりにも挑戦している。ランチコース(5500円)、見学と昼食のツアーランチ(1万1000円)、見学と夕食のディナーツアー(3万3000円)のほか、カフェでは各種ドリンクやスイーツが手軽に楽しめる。価格はいずれも税込み。

 近くの蔵を一棟貸しの宿泊施設に改装し、見学、ディナー、民泊をセットで提供する企画も進行中。伝統と革新の融合を目指す高橋さんは「寺や城に泊まるテンプルステイやキャッスルステイがあるように、蔵に泊まるブリュワリーステイで『生まれ変わって出て行く』体験をしてほしい」と意気込んでいる。

▽タラ原料で「しょっつる」うま味アップ

 秋田県民が愛する発酵・醸造食品の一つに、調味料の「しょっつる」がある。魚を塩で漬け込んで発酵させて作り、多くの家庭の食卓にいつもあり、いろいろな料理に使う存在という。

しょっつるを使った料理のレシピ集

 江戸時代から作られ、原料は秋田県沖で豊富に取れ「県の魚」でもあるハタハタが定番だ。にかほ市では漁協やみそ・しょうゆメーカー、市商工会などが連携し、地元特産で「市の魚」のマダラを使った「鱈(たら)しょっつる」を2014年に開発した。

 ハタハタ原料のしょっつるに比べ「臭みが少ない。数滴たらすだけでうま味が増す」(市商工会)のが特徴。うま味成分のグルタミン酸が豊富な上、イノシン酸とグアニル酸の相乗効果で味が際立つと好評で、和食、洋食、エスニックと料理のジャンルを問わず、ドレッシングや菓子にも使われている。

 市商工会は旬のタラ料理をテコに冬の集客を増やそうと、タラ漁の最盛期である1~2月に「んだっ鱈、にかほ市へ!」キャンペーンを実施している。2025年は1月11日から2月4日まで、市内の飲食店や宿泊施設の計22店で「鱈ときのこホイル包み焼き」「たら激辛めん」など工夫を凝らした料理を提供した。

「冬の秋田さ来てたんせ <1> 行事・文化編」「冬の秋田さ来てたんせ <2>アクティビティー編」 も掲載中。