未来世代がはばたくために何ができるかを考えるプロジェクト「はばたけラボ」。ウェルビーイングな暮らしのために、異なるものをつなぐことで生まれる「気づき」を大事に、いろんな「つなぐ」をテーマに連載でつづる。第3回は、北欧の国、デンマーク。150年以上前の江戸時代末に国交が結ばれ、市民レベルの交流が少しずつ育まれてきた。そんな歴史やつながりを、私たちはどれだけ知っているだろうか。ふたつの国と文化をつなぐ“架け橋”のような人々に話を聞いた。
▼きっかけはデンマーク体操

「デンマークから来た体操チームが格好良くて…」
東京都の加地さんは、高校でデンマーク体操を教わったのがきっかけで「デンマークにほれた」。健康増進を目的とした全身運動のデンマーク体操は世界三大体操の一つで、戦後のラジオ体操の参考にもなったとされる。
短大卒業後、フォルケホイスコーレと呼ばれる成人教育機関に1年間留学。本格的にデンマークの魅力にハマった。帰国後は母校の自由学園中学・高校に勤めていたが、20年のコロナ禍中に一念発起し、デンマークのライ麦パンやお菓子のオンラインショップをオープン。24年には、東京都のチャレンジショップにも出店した。
「食べ物やデザインもそうですが、人が本当にすてき。人と人をつなげたい。デンマークのいいところを私が知っているだけじゃもったいないと思っているので、デンマークには日本を伝えたいし、日本の方たちにはデンマークを知っていただきたい。自称“デンマークを広める会”会長です(笑)」
▼パン文化を通じて伝えたい、シンプルで豊かな生き方

「人魚姫」「マッチ売りの少女」などの童話作家アンデルセンを冠したベーカリー店アンデルセンも、デンマークとゆかりが深い。デンマークのパン文化を日本に本格的に伝えたのは、タカキベーカリー創業者の高木俊介氏だ。創業の地・広島にあるアンデルセングループの持株会社、アンデルセン・パン生活文化研究所の岡本さんが教えてくれた。
「1959年に高木がデンマークのホテルでデニッシュペストリーを食べて、その味に感動し、1962年にデニッシュペストリーを日本で初めて発売したんです」
デニッシュペストリーは、パイのようなサクサクの食感で、カスタードやシナモン、フルーツなどさまざまなトッピング楽しめる、日本でも定番の菓子パンだ。
その後もデンマークとの交流が続き、08年には本国で事業展開。首都コペンハーゲンでベーカリー2店舗を運営している。
「私もデンマークで働いていたし、研修生が現地に行って、文化も学びながらパン作りを学んでいます。デニッシュペストリーなどの商品もですが、デンマークは飾らずシンプルに人生を楽しむライフスタイルが一番すてきなところ。幸せに生きるとか、豊かに生きるということを、パンを通じて伝えていけたらいいなと思っています」

▼使うことで良さが分かる日用品

北欧好きが高じて、昨年、尼崎市で小さな雑貨屋さんを始めた青沼さん。デンマークのブランドは「使いやすくて日常使いできるのに、デザイン性もあるのが魅力」と紹介してくれた。
例えば、アスペグレン夫妻が始めた北欧デザインのブランド「アスペグレン デンマーク」のディッシュクロスは、プラスチックを使わず、オーガニックコットンなどの天然素材で作られている。デンマークのアウトドアブランド「ノルディスク」のホーローコーヒーポットは、オーガニックコットン製のフィルターを使ってドリップコーヒーを入れられる。
「いいものを長く使うという文化が根付いている国。使い捨てじゃなくて、自然と一緒に共存できる、エコなところがいい。実際に使うと良さがより一層わかるので、見てもかわいいけれど、実際に手に取って使ってもらいたいです」

▼心地良さを大事に、北欧流のライフスタイル

「北欧のモノというより、北欧の子育ての文化、自然を大切にする文化、リサイクルの文化、手仕事・手作りの文化を大切にしていて、それを体験できる施設を目指しています」
大東市の地域再生プロジェクトで誕生した複合施設Keitto(ケイット)で働く岩垣さん。運営は株式会社ノースオブジェクトが担い、北欧のライフスタイルに学び、「暮らし手づくり」をコンセプトに据える。
「何かで“気分がいい”、“気持ちがいい”ということをデンマーク語で“Hygge(ヒュッゲ)”といいます」
緯度の高い北欧では、夏は22時ごろまで明るく、冬は16時には真っ暗になる。ヒュッゲは、暗く寒い冬でも心地良く過ごすための知恵であり、居心地の良さやほっとする時間を大切にするライフスタイル哲学だ。心に温もりや落ち着きを与えるキャンドルは、その象徴ともいえる。
Keittoでは、母体がアパレル企業であることを生かし、服づくりの過程で生まれる端材を利用した人形キット、木工の工房から出た端材を活用したカレンダーなど、リサイクルと手仕事を掛け合わせたものづくりも行っている。
「北欧では、リサイクルやリユースが“当たり前の文化”として親しまれています。エコだから買ってくださいではなく、デザインが良くて買ったら自ずとSDGsなことができているという文化で、私たちもそれを目指しています」
▼スマイル0円、ソウルフードのホットドッグ

総務省の統計によると、23年12月時点で日本に住むデンマーク人はおよそ950人。最後に話したのは、その中でも在日歴40年以上となるデンマーク人のハンセンさん。神戸市・須磨駅前で、デンマークの国旗を思わせる赤と白を基調とした人気ホットドッグ店「コペンハーゲン」を営むオーナーシェフだ。
来日したのは1981年。日本人の奥様の実家がある岡山県津山市で、奥様の友人のレストランで働いていたが、慣れない日本の職場で体調を崩したのをきっかけに、小さな北欧レストランを始めた。
「日本でおいしいホットドッグを食べたことがなかった。なので、コンセプトを変えてホットドックを作ることにした」
デンマークのソウルフードであるホットドックは、鮮やかな赤色のソーセージに、たっぷりのフライドオニオンやピクルスなどをトッピングする。現地の屋台では、穴空きバケットにロングソーセージをはめ込んだ大胆なスタイルが一般的だという。
「デンマークはすごくいい国だけど、日本もすごくいい国。ほんま素晴らしい。大事にしてください。安心、安全でみんないい人、楽しい、フレンドリー。大好き。日本で死ぬつもり。死ぬまで頑張ります」

短い出会いだったが、日本とデンマークをつなぐ人たちが教えてくれたのは「日常の中の小さな幸せ」だ。「エコ」と「もったいない」、「キャンドル」と「お香」、手仕事を大切にする心、静かに心を満たす生活の中の美意識「ヒュッゲ」と「わびさび」――。デンマークの暮らしに息づく生活哲学は、日本人もどこか親しみを覚えるものだった。およそ9000キロ離れていても、感性の似ているふたつの国。そこには、これからの“豊かさ”を見つめ直すヒントがあるかもしれない。
#はばたけラボは、日々のくらしを通じて未来世代のはばたきを応援するプロジェクトです。誰もが幸せな100年未来をともに創りあげるために、食をはじめとした「くらし」を見つめ直す機会や、くらしの中に夢中になれる楽しさ、ワクワク感を実感できる体験を提供します。そのために、パートナー企業であるキッコーマン、クリナップ、クレハ、信州ハム、住友生命保険、全国農業協同組合連合会、日清オイリオグループ、雪印メグミルク、アートネイチャー、ヤンマーホールディングス、ハイセンスジャパンとともにさまざまな活動を行っています。