「2017年経済展望」  新時代か、混迷の入り口か

不確実性に覆われた2017年が幕開けした。世界経済を振り回すのは、もちろん1月20日に誕生するトランプ米大統領だ。排外主義的な政策を唱える右派勢力が勢いを増す欧州では仏大統領選、独総選挙が控える。新たな時代の始まりか、混迷への入り口か。「トランプ相場」による円安の神風が吹く中、5年目に入ったアベノミクス。日本経済は海外経済の動向に翻弄される1年になりそうだ。

「2017年経済展望」  新時代か、混迷の入り口か 画像1
米ミシガン州で記者会見する米自動車大手フォード・モーターのマーク・フィールズCEO。メキシコ工場の新設を撤回すると発表した=2017年1月3日

今年の東京株式市場の日経平均株価は大発会の上げ幅としては21年ぶりの大きさとなり、4年ぶりに上昇した。中国ショックによる大暴落で始まった昨年とは様変わりだ。日銀の黒田東彦総裁は1月4日の会合で「客観的なデータに率直に耳を傾ければ、これまで以上に強い確信を持ってデフレ脱却に向けて大きく歩みを進める年になる」と言い切った。
円安株高だけではなく、ここにきて実体経済にも明るさがあることは事実だ。だが「今年も政治情勢を中心に不確実性の高い年になる」(御手洗冨士夫キヤノン会長)と先行きに自信を持てないのが多くの経営者の本音だろう。不測の事態が起こっても不思議はないと誰もが予想できる年。英国国民投票の欧州連合(EU)離脱や米大統領選のトランプ氏勝利と想定外が相次いだ昨年との大きな違いだ。日本航空の大西賢会長は「とにかく十分な準備をして素早く動く。これしかない」と身構える。

 

大転換の期待

世界経済の先行きに期待と不安が交錯するのはトランプ氏の政策が不透明なためだ。とりあえずは、大規模な減税、巨額のインフラ投資を見込んで、米国の株式市場は上昇し、金利上昇、ドル高が進行した。トランプ政権の閣僚メンバーが金融規制の緩和や化石燃料回帰を連想させる経済重視の「プロビジネス」シフトとなっていることが安心感を与えている。
石油輸出国機構(OPEC)と非加盟国が15年ぶりに減産で合意したことも加わって、久しく語られなかった「インフレ」という言葉も飛び交い始めた。1年ぶりの利上げを決めた昨年12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、トランプ氏の財政拡張策で「景気が上振れする可能性が高まった」と認識が示された。長く先進国を苦しめた「低成長、低インフレ、低金利」からの大転換を期待する向きもある。
トランプ氏の政策には1980年代のレーガン政権との類似が指摘される。貿易と財政の「双子の赤字」に苦しみ、ドル高を是正するプラザ合意につながったことから持続性には疑問符が付く。ただ三村明夫日本商工会議所会頭は「少なくとも2年間、米国経済は上振れる」と期間限定とはいえ日本経済にとっても追い風とする。
 

保護主義と為替施策への懸念

保護主義と為替施策への懸念は強い。
トランプ氏は、自由貿易が米国の製造業を苦境に追い込み、労働者が苦しめられていると主張し、関税の引き上げにしばしば言及している。米フォードはメキシコ工場の新設撤回に追い込まれ、トヨタにも批判の矛先は向かっている。
実業家出身のトランプ氏は現実路線を選択するとの期待もあるが、2年後に中間選挙が控えていることを考えればトランプ氏は支持をつなぎ止めなければならない。折に触れて保護主義の顔が出てくることを覚悟すべきだ。「スロートレード」と評されるほどに近年、停滞している世界の貿易は足踏みすると見るのが自然だろう。極端な政策をとれば世界の貿易は大混乱に陥るリスクさえある。
為替相場の先行きはさらに見通せない。米国の長期金利が上昇していくならば「日米の金利差から円相場は1㌦=130円、140円と下落しても不思議ではない」(国際金融筋)との見方がある一方、期待先行のトランプ相場は減税や財政出動の規模に失望感が出れば意外にもろいという考えもある。
仮に、金利上昇が続き、ドル高が進んだとすれば、トランプ氏は黙っているだろうか。金利上昇、ドル高は製造業を中心に米国経済にダメージを与えるだけに、人民元や円に文句を付けることは確実だろう。「トランプ氏が一言言えば5~10円程度円高に振れる可能性だってある」(大手証券首脳)。予想するだけ無駄だ。

 

世界経済のかく乱要因は米国

世界経済のかく乱要因は米国以外でも目白押しだ。EUは3月のオランダを皮切りに、フランス、ドイツと国政選挙が相次ぐ。結果次第ではEUの存続が危ぶまれることになる。3月末までにEU離脱を通告することになる英国からも目を離せない。具体策が明らかになるにつれ、ショックを与える可能性がある。
中国は秋に共産党大会を控え、それまでは政府が経済を下支えすると見られている。過剰生産の解消は徐々に進んでいるものの、住宅バブルや地方政府の過剰債務の懸念材料は多い。
原油価格の反転で落ち着きを見せてきた新興国の動向も引き続き不安材料。米国の利上げに伴う資金流出が止まっておらず、原油価格が反落すれば危機的状況に陥る国も出てくると見られる。

 

安定の日本

見回してみると、最も安定しているのは高い支持率を背景に安倍政権が長期政権をうかがう日本だ。日銀の金融政策が限界に達し、1千兆円を超える借金を抱えているにもかかわらずだましだまししながら何とかやり過ごしている。伊勢志摩サミットなどが控えていた昨年とは違い、今年の重要な国内の経済関連日程は皆無だ。
アベノミクスは目玉だった環太平洋連携協定(TPP)が漂流し、原発輸出が頓挫するなど行き詰まりを見せている。ただ、突然の円安に救われて日本経済の失速懸念が薄れるなど幸運に恵まれていることも確かだ。
安倍晋三首相は1月5日の経済3団体の新年祝賀会で「今年もぜひ少なくとも昨年並みの水準の賃上げ、4年連続ベアの実施をお願いしたい」と上機嫌で呼び掛けた。
政府は17年度の経済見通しを実質1・5%成長と民間予測の1%程度より高めに見込んでいる。実現するかどうかはアベノミクスではなく、「トランプノミクス」の成否次第。極端に言えば菅義偉官房長官が「重要な危機管理の一つ」と言い切る円相場にかかっている。
円安が続けば放っておいてもデフレ脱却が近づく。ただし、1㌦=125円をうかがうような円安になれば生活必需品の値上がりなど副作用も顕在化するだろう。
逆に円高に見舞われれば、うわさされる衆院解散もにらんで経済対策を打ち出すことになる構図だろう。1㌦=95円程度になれば日銀は利下げに動くだろうが、基本的には限界に近づいた金融政策は脇に追いやられ、経済対策は財政出動が中心になると見られる。

 

人手不足が足かせ

いずれにしても今年の日本経済を左右するのは人手不足の深刻化だ。既に最高水準にあるアルバイトやパートの賃金は一段と上昇すると見られる。人手確保が困難なことから24時間営業を見直す外食店が出てきたように影響は広がるのは必至だ。
安倍政権が掲げる「働き方改革」も人手不足に拍車を掛ける。電通新入社員の過労死問題は経営トップの責任問題に発展した。人ごとと思える企業は少ないはずで、働き方の見直しが一気に進むだろう。
20年の東京五輪に向けた需要も本格化することから、人手不足が日本経済回復の足かせになる恐れがある。

世界を変えようとしている人工知能(AI)やあらゆるものがインターネットとつながる「IoT」、シェアリングエコノミーは人手不足対策も加わって一段と目覚ましい発展が見込まれ、仕事の在り方も変えていくと見られる。今年の日本経済が順風であろうと、苦境に陥ろうと、構造改革を進める必要がある。
(共同通信経済部長 東 隆行)