「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」(有識者会議)は、1月23日、第9回目の会合を開き「今後の検討に向けた論点の整理」(論点整理)を発表した。今後、国会での議論が進むが、論点整理の結論からは「一代限りの特別法が望ましい」との思いがにじみ出る。天皇制問題に詳しい神戸女学院大の河西秀哉准教授が、今回の退位問題について考察した。(編集部)

意見がまとまらない懸念
「有識者会議」は昨年10月17日にスタートし、16人の専門家へのヒアリングを含めて、比較的急ピッチで会合を重ねてきた。それは8月8日の「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」(お気持ち)が明仁天皇より発せられたことにより始まったものであったと言ってよい。この「お気持ち」は、退位の意向を強くにじませたものだった。
これを受けて世論も、退位やむなしという方向へとまとまり、各社の世論調査を見てもそれに賛成する数値は高かった。こうした世論の動向を受け、政府は「有識者会議」を組織し検討に入った。
とはいえ、「お気持ち」が退位以外にも自らが模索してきた象徴天皇像を国民に問い、また安定的な皇統の継続を求めているのに対し、政府はそうした問題には正面から向き合うことを避けてきたように思われる。
なぜなら、そうした問題を考えるためにはまず、日本国憲法に規定された「象徴」とは何かについて、国民的な議論と合意をしていく必要があるからだ。そして、皇室典範を改正する必要性も生じる。
しかしそうなれば、小泉内閣や民主党政権で論じられてきたが現在はやや下火となっていた女性天皇・女性宮家問題をも含んだ形で、議論が展開される可能性がある。
そうなればさまざまな意見が噴出し、まとまらない危険性も十分にある。そうした懸念から、政府は恒久的な退位制度を定める皇室典範改正ではなく、明仁天皇一代限りの退位を認める特例法の制定という方針に踏み切った。
「特例法」という結論
確かに、明仁天皇は高齢であり、皇室典範改正という方向で進めれば、議論が長期間にわたり、まとまらないままに時間切れになってしまう可能性もある。その点では、特例法は現実的な選択肢かもしれない。
しかし、こうした政府の方針は「有識者会議」開催より以前からすでに決まっていた。座長代理を務めている御厨貴東京大名誉教授はインタビューの中で「座長代理として予断なく議論をした」けれども、「10月の有識者会議発足の前後で、政府から特別法でという方針は出ていた。政府の会議に呼ばれることは、基本的にはその方向で議論を進めるのだ」(「東京新聞」2016年12月30日)と、政府の中では特例法という結論があり、「有識者会議」はその方向性を追認する性格のものであることを認めてしまっていた。
これでは、いくら「予断なく議論をした」と述べられても、結論ありきの会議であるという印象は拭えない。
「ガス抜き」の意図も
しかも、16人からなされた専門家へのヒアリングも、どのような人選だったのか疑問に残る。「皇室制度、歴史、憲法の3分野を中核とし、これらの分野の権威である専門家」(「有識者会議」第2回資料より)であったというが、果たしてそうした専門的知見を有する人々ばかりだったのだろうか。
正直に言えば、こうした「分野の権威である専門家」とは言い難いヒアリング対象者も含まれている。専門家というよりも、発言力ある言論人の意見を聞いて、「ガス抜き」させる意図もあったのではないか。
また、「今回の問題に係る自己の見解が明確な有識者を選定」したという。昨年7月のNHKでの退位に関する第一報以降、新聞各紙やテレビなどは専門家や言論人などさまざまな分野の人々にインタビューを試み、退位の意味や象徴天皇制の在り方などについての記事を掲載していた。こうしたところで発言していた人々の中から、ヒアリング対象者が選定されたのである。
しかし、見解が明確であれば、もうすでにどのような意見を述べるのかは分かっているのであり、あえて公開で実施する必要はあったのだろうか。ヒアリング終了後、マスコミでは「退位賛成〇人、反対△人」と報道されたが、それは人選された段階からある程度は想定されていたはずである。
つまり、このヒアリング対象者の人選自体、そうした人数になることが最初から予定されてなされたものであった。
以上からも分かるように「有識者会議」は最初から、政府が検討する特例法という方針を追認するために、予定調和的に行われていたと思われる。
とはいえ、必ずしも政府の意図のとおりにもならなかった。「有識者会議」の会合が重ねられても、世論は特例法という選択肢よりも、皇室典範改正を支持していた。各社が行う世論調査でもはっきりとその数値が出ており、例えば読売新聞が昨年12月5日に掲載した調査でも、「今の天皇陛下だけに認める特例法をつくる」は23%、「今後のすべての天皇に認める制度改正を行う」が66%と、必ずしも政府の進める方針に世論は乗ってこなかった。
そうした状況もあり「有識者会議」の第7回会合では、各社世論調査の結果が資料としてメンバーに配布され、討議がなされている。世論の動向を無視して特例法に突き進むことはできず、こうした世論を見つつ議論しなくてはならないことを意識したからではないだろうか。
そして「論点整理」も、世論の動向を意識したものになったと思われる。当初「有識者会議」は、退位に関する論点を整理するものではなく、特例法を推進する方向性を示す提言を発表するはずであった。
ただ「論点整理」という形式は、特例法だけではなく皇室典範改正、そして摂政などを含めた公務負担軽減といった方策について、「積極的に進めるべきとの意見」(メリット)と「課題」(デメリット)を列挙したものである。
いわば、一代限りとする特例法、恒久的制度とするため皇室典範改正、現行制度下での負担軽減の3案を併記する形になっており、特例法だけを推進する提言をすることよりも、形式上は後退している。これは、皇室典範改正を求める世論が強いゆえの配慮だろう。
さはさりながら、この「論点整理」は、特例法を後押しする内容になっている。皇室典範改正に関しては「課題」に23項目が並び、特例法に関しての「課題」3項目に比べて圧倒的に多い。
この「論点整理」を一見すると、皇室典範改正にはデメリットが多いという印象を与え、特例法の方が望ましいという結論になりそうである。その意味で、「有識者会議」は形式上は世論に配慮して特例法のみを推進するものは発表しなかったものの、内容上は特例法が望ましいとする「論点整理」を出し、世論の動向をそのように変化させようとしたのではないか。
「論点整理」で特に皇室典範改正に関する「課題」に注目すると、本当にそれが課題なのか疑問に感じる項目が目立つ。例えば「天皇の意思に基づく退位を可能とすれば、そもそも憲法が禁止している国政に関する権能を天皇に与えたこととなるのではないか」という「課題」が明記されている。
自分の問題として考える
しかし、これは皇室典範改正のみにとどまらない課題であろう。昨年8月の「お気持ち」表明がこの「有識者会議」の組織へとつながったことは明白である。今回、特例法という方針で進めたとしても、それは「天皇の意思に基づく退位」となる。皇室典範改正だけの課題ではない。
このように「論点整理」は、やや強引とも言える皇室典範改正の「課題」の列挙によって、特例法への世論誘導という意味があるように思われる。
おそらくそれは、特例法で早くこの問題を片付けたい、女性天皇など他の問題へ波及するのを避けたい、そうした意向を持っているために生じたものだろう。
それゆえ、私たちはきちんとこの「論点整理」の内容を吟味し、退位やこれからの象徴天皇制について考えていく必要がある。
「有識者会議」が決めた方向、すなわち政府が最初から進めようとした方針に従う必要はない。また、これで議論が終わったわけではない。
日本国憲法第1条によれば、象徴天皇の「地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」。私たち自身がこの問題を自分のものとして考え、未来の象徴天皇制を志向していかなければならない。それが、今後の議論の展開の中で求められているように思う。
(神戸女学院大准教授 河西 秀哉)