日中均衡に配慮したトランプ氏

トランプ米新政権のアジア政策の輪郭がようやく見えてきた。日米首脳会談と習近平・トランプ電話会談を見ると、トランプ氏は安保政策で日本と中国のバランスに注意深く配慮したことが分かる。日米共同声明は、日米同盟強化と尖閣諸島(中国名 釣魚島)の日米安保条約の適用をうたったが、トランプ氏は会見で「中国との良い関係」を強調した。日米同盟強化による対中抑止への傾斜のみが目立つ安倍外交の危うさが見える。

日中均衡に配慮したトランプ氏 画像1
米トランプ大統領(左)と中国の習近平国家主席

 

中国脅威論にはくみせず

日米首脳会談で発表された共同声明は①日米同盟は地域における平和、繁栄、自由の礎。米国は地域でのプレゼンスを強化、日本はより大きな役割・責任を果たす②核を含む米軍事力を使った日本防衛への米コミットメントは揺るがず③日米安保条約第5条の尖閣諸島適用を確認④南シナ海での緊張を高める行動を避け、国際法に従うことを関係国に求める―が盛り込まれた。
会談では、米軍基地の駐留経費について負担増の要求はなく、通商、為替についても具体的な要求がなかったことから、メディアは米新政権から「満額回答」を引き出したと高い評価を与えたのである。
興味深いのは共同記者会見でのトランプ氏の発言だ。新政権のアジア政策について問われると、前日の習近平・中国国家主席との電話会談を振り返り「中国国家主席とは昨日、非常に良い話ができた。良好に付き合える過程に入っていると思う。日本にとっても大変な恩恵がある」と答えた。特に「日本にとっても大変な恩恵」の部分は、安倍政権が進める対中包囲網外交にはくみしない姿勢の表れである。トランプ氏は発言中、原稿にはほとんど目を落とさずスムーズに答えた。
トランプ流に言えば、日中均衡の維持こそ「米国第一」なのだ。なぜなら対日、対中の「取引外交」で、日中をそれぞれカード化できるからである。どちらか一方に肩入れすれば、カード効果は失われてしまう。

 

「一つの中国」尊重に同意

中国指導部はこの間、トランプ氏の言動に悩まされてきた。2016年12月の蔡英文台湾総統との電話会談に続く「一つの中国」への疑念表明。南シナ海問題や通商・為替政策でも中国非難を続けた。
転機が訪れたのは今年2月8日。トランプ氏が習氏に「米中双方の利益となる建設的な関係」構築を呼び掛ける書簡を送ったのだ。大統領就任後、習氏への初めての直接的な働き掛けに、中国外交部は「高く評価する」と歓迎した。
書簡を受けて実現したのが2月9日の電話会談。ホワイトハウスによると「トランプ大統領は習主席の要請で、“一つの中国”政策を尊重することに同意した」。一方、新華社通信は「トランプ大統領は、米政府が一つの中国政策を堅持すると強調した」と伝え、習氏は一つの中国政策を堅持すると強調したことを称賛した」と伝えた。内容には微妙なずれがあるが「一つの中国」への疑念を自ら打ち消し、対中外交を軌道に乗せたいという意思は明確に伝わった。
安倍政権の中国脅威論と包囲網政策が冷戦型の「ゼロサム」外交の典型とすれば、トランプ氏の主張は、日米中の三者の共通利益を求める「ウィンウィン」外交と言える。これでトランプ氏のアジア政策は、オバマ政権が敷いたレールに戻った。
法外な「言い値」を吹っ掛けて、まず東京と北京を慌てさせる。続いて、経済利益の約束を取り付け「手打ち」をする―。1セントも失わず、利益だけを得る。これがトランプ氏の「取引外交」だ。第一にその特徴は「思想・理念なき取引外交」だから、その行動を予測するのは難しい。第二にフリン大統領補佐官が辞任したように、政権内部の意見不一致が常に露呈する。人によって発言が異なる状況が続き、「米政府」という単語を主語にするのは難しい。

 

米中主導の安保目指す中国

安倍政権が「揺るぎない日米同盟」と強調すればするほど、逆に揺らぎ始めている現状が浮かび上がる。アジア太平洋地域における日中の影響力の差はどんどん開き、トランプ氏も地域の安全保障を「日米基軸」だけでは対応できないことをよく知っている。アジア政策では、対中関係の構築こそ最大の課題だ。
中国政府は、トランプ政権誕生の直前の1月11日、初の「アジア太平洋安全保障協力白書」を発表。「白書」と、太平洋に初進出した中国空母「遼寧」の航海を見れば、中国がトランプ氏に何を期待しているのかが分かる。大づかみにすれば、米国に地域における中国の影響力を認めさせ「米中主導の安全保障」を推進することである。安倍晋三首相の「日米基軸」と正面からぶつかる。
トランプ政権との関係について白書は「中国は米新政府と共に衝突せず、対抗せず、相互尊重し、ウィンウィンの原則の下で、二国間関係と地域、地球規模の各領域で協力し、不一致を健全に管理する努力をするよう期待」と書いた。オバマ時代の対米姿勢を踏襲した。
白書の「各国との関係」では「日本軽視」が目立った。日本は米、ロシア、インドに続く4番手で登場。米、ロ、印については肯定的評価が多い半面、日本については歴史認識や海洋問題を挙げて「複雑でデリケートな要素」が残っていると、マイナス評価が印象的だ。
新年をまたいで行われた中国初の空母「遼寧」艦隊による航海の意図を見よう。航海の時期と航路から判断すると、米大統領選挙で選ばれる米新政権に対し①中国海軍が西太平洋に進出する意図と能力を示す②「一つの中国」と「南シナ海の主権」は、中国のレッドライン―の2点を示すことにあった。
中国政府は、安倍氏が年初からフィリピン、ベトナム、オーストラリア3国を歴訪、南シナ海紛争への関与を強めていることに神経をとがらせている。旧ソ連製の中古空母は、軍事的には「実戦には役立たない」というのが定評だ。初航海は軍事的な意味というより、太平洋に初めて進出させた政治的意図が大きい。トランプ氏にそのことを認めさせることに意味があった。
(共同通信客員論説委員  岡田 充)