カルチャー

【スピリチュアル・ビートルズ】アップル・レコードのレーベルはわいせつ? クレームしたおじさんって・・・

 1968年秋に立ち上がったビートルズ自身のアップル・レコード。その作品発売を間近にして、レコード盤の両面のレーベルに描かれた青りんごのグラフィック(特にB面のレーベル)を、初めて目にした際にタマゲテしまった人々がいたようだ。

ポルノだとクレームされた、アップル・レコードのレーベル。
ポルノだとクレームされた、アップル・レコードのレーベル。

 この度公表された、ビートルズの北米販売を司るキャピトル・レコードのスタンリー・ゴルツィコフ代表取締役がアップル・レコードの責任者であるロン・キャスに宛てた手紙で、新レーベルに使われた縦に割った青りんごのグラフィックが女性器を描いた「ポルノ」ではないかとの見方が強まっているとの懸念を伝えたのだ(2019年1月25日付インディペンデント電子版のヤコブ・ストゥルワージー記者)。

 68年8月28日付の同書簡によれば、ゴルツィコフは「荒々しく予想もつかないような問題があなたの夜明けを照らしているだろう。私はちょうど今、米国西部の巨大で影響力のあるレコード卸売業者から電話をもらったところだ。(彼は言った)そのようなアップル・レーベルを用いた製品を本気で売ろうというつもりなのか?」

 「私は新しいアップル・レーベルは完全にポルノグラフィで実際に女性器を描いていると感じている」とゴルツィコフはアップル側にクレーム。ただし、電話をしてきたレコード卸売業者に対しては「あなたはいやらしい人ですな」と丁寧(?)に対応。

「インディペンデント電子版」2019年1月25日付が報じた、ビートルズの北米販売を司るキャピトル・レコードのスタンリー・ゴルツィコフ代表取締役がアップル・レコードの責任者であるロン・キャスに宛てた手紙。
「インディペンデント電子版」2019年1月25日付が報じた、ビートルズの北米販売を司るキャピトル・レコードのスタンリー・ゴルツィコフ代表取締役がアップル・レコードの責任者であるロン・キャスに宛てた手紙。

 アップル・レコード第一弾となるビートルズの「ヘイ・ジュード」(B面は「レヴォリューション」)の米国での発売開始からわずか2日にしての「異議申し立て」であった。本国英国での発売も30日に控えており関係者も神経質になっていただろう。

 ただ、いたずら好きなビートルズの面々だけに真相についての断言は避けるべきかもしれない。しかし、現在のところ、レーベル名を思いついた経緯、ロゴのデザイナーの発言などからいっても、「女性器」問題が当時深刻さをもって取り上げられていたという「公式記録」はない。

 アップル・レーベルを考える際、ビートルズのメンバーにインスピレーションを与えたのは、1966年の夏にロンドンの美術商ロバート・フレイザーがポール・マッカートニーの居間のテーブルにぽんと残していった、青りんごを描いたルネ・マグリットの絵である。

 マグリットの晩年の作品の一つで、絵のタイトルが「連想ゲーム」といい、まさにそこから生まれたとポールは回想する(ポール著『メニー・イヤーズ・フロム・ナウ』 ロッキング・オン社)。

 「社名は何にしようかとみんなで悩んで、アルファベット順に名前を考えていた。「『Aはアップル、Bはバナナ、Cはキャタピラー。おい、何だか昔の教科書みたいだな。アップルのA! これが社名だ!』ということになった。「それで、『あのマグリットのりんごはまさに“アップル”だ。大きくて青いリンゴだよ!』と思ったわけ。そのことを広報に話したのだ」。

 アップルの広報オフィスで働いていたジーン・メイホンがデザインを担当した。「比較的簡単な仕事でした。純粋にシンボルとなるものを作りたかったのです」「表面(A面)から活字を一切排除して、文字はレコードの裏側に持っていくことにした。活字を入れる裏面(B面のレーベル)は文字が見えやすい明るい色にしようと、りんごの断面をデザインした」と彼は語る。

 そんなりんごの縦の断面、特に「芯」の部分を「女性器」を表しているのではないかと疑った人々がいたというだけの話だ。そんな業界の一部で起こっていた「騒動」にもかかわらず、「ヘイ・ジュード」は9週連続全米ヒットチャート1位を記録。英国、日本など他の国々でも大ヒットとなった。「ヘイ・ジュード」は今日でもポールのコンサート本編を締めくくる楽曲として大変な人気だ。

日本で発売された「ヘイジュード」のシングル盤。
日本で発売された「ヘイジュード」のシングル盤。

 アップル・レコードはレーベル・デザインが「不謹慎」であるとの一部の声に屈するようなことはなく、むしろそのレーベルを愛し、固く守ってきた。むしろデザイン、そのビジネス価値はビートルズの音楽的価値とともに高まるばかりのなか、米アップル・コンピューターとの間で70年代から80年代にかけて繰り広げられた商標権侵害に関する訴訟を記憶している向きも少なくないだろう。

 一方、日本においてわいせつ問題が起きるたびに沸き起こる世の良識というものがいかに胡散臭いものであるかと感じているのは私だけだろうか。2013~14年大英博物館で好評を博した「春画展」。翌年、これがひとたび日本でのお目見えとなるやいなや大騒ぎが巻き起こり、「わいせつか芸術か」という議論に矮小化されていった感があった。

 また2016年には、自らの女性器をスキャンし3Dプリント用データとして配布し逮捕された「ろくでなし子」こと五十嵐恵さんに対し、公開された作品や女性器の3Dデータが「わいせつぶつ」に当たるかが東京地裁で検討された。

 立体作品については「直接女性器を連想させるものではない。芸術作品として性的刺激が緩和されている」としてわいせつぶつにあたらないと認定。一方3Dデータについてはわいせつ認定され、罰金40万円(求刑80万円)が言い渡された。

(文・桑原亘之介)