ここ日本では予定される消費税増税の「軽減税率」をめぐる議論がかまびすしかった。
だが「軽減」という表現は繰り返されれば繰り返されるほど、施政者が特別に税金を軽くしてくれますよ、というようなニュアンスが出てくることなどから、英語では「multiple tax rate system」つまり「複数税率制度」とか「tax hike exemption」(増税適用除外)といった表現で説明されることが多い。
税金をはじめとしたカネの問題にビートルたちも翻弄され続けている。
1963年に発表した「マネー」というカバー曲で、ジョン・レノンはそのドスの効いた声で歌った。「さあカネをくれ、おれは欲しいのはそれだけさ、そうカネが欲しいのだ」。ティム・ライリーは著書「ビートルズ全曲解説」(東京書籍)で、「マネー」という歌には、ビートルズにおける「精神と物質とのせめぎあい」が聴いて取れると分析した。
「愛はカネで買えない」と「キャント・バイ・ミー・ラブ」(64年)で歌ったビートルズには「タックスマン」(66年)という歌もある。容赦ない徴税について皮肉たっぷりに歌ったジョージ・ハリスンの作品だ。
「車を運転するときは、道路に税金をかけ、腰かけるときは、イスに税金をかけ、寒い時は、暖房に税金をかけ、歩くときには、足に税金をかけましょう」、「なぜなら私は税務署員だから」とジョージは歌った。ポール・マッカートニーはこの作品について「あれはジョージの怒りだよ。怒るのも当然さ。ついにここまで来て、これだけの金を稼げるようになったのに、その金の半分は無理やり持っていかれてしまうんだ」と語った。
リンゴ・スターも「税金問題には、本当にうんざりした」と言う。
60年代半ばの英国では高額所得者には80パーセントの所得税がかけられ、そのうえ「累進付加税」として15パーセントも上乗せされていたという(ブライアン・サウソール、ルパート・ペリー共著「ノーザン・ソングス 誰がビートルズの林檎をかじったのか」シンコーミュージック・エンタテイメント)。
60年代初めにクラブで演奏していた頃には週給25ポンド(現在の10~12万円相当)だったビートルズが、62年秋の英国でのレコードデビュー以降、あっという間に世界中でスターダムを駆け上がったことは、巨額の富を生み出す「ビートルズ帝国」の出現を意味したのである。
しかし、その「帝国」の崩壊の始まりは、ビートルズのカネ、権利などもろもろのことをデビュー前から仕切っていたマネジャーのブライアン・エプスタインが67年に事故死した時だ。彼が亡くなりカネなどの問題が噴出し始める時期が、ちょうどビートルズの4人が精神世界の探求に乗り出したのと重なるのだから、物質社会における精神性ということを考えると何とも複雑な気持ちにさせられる。
「サマー・オブ・ラブ」とよばれた60年代後半の時代精神の讃歌であった「愛こそはすべて(オール・ユー・ニード・イズ・ラブ)」(67年)のB面が「ベイビー・ユー・アー・ア・リッチマン」つまり「あなたは金持ちだ」という歌であったことも皮肉だ。
カネという物質社会における代表的なモノと精神の葛藤を歌にしたのは、ジョンである。「ジョンとヨーコのバラード」(69年)という作品で次のように歌ったのだ。「万一の時のためにお金を貯め、服は全部チャリティーに寄付する、昨日の夜、奥さんが言った、まったく、あなたが死ぬ時は自分の魂以外は何も持っていけないよ、よく考えてみて」。
2014年に刊行されたピーター・ドゲット著「ザ・ビートルズ 解散の真実」(イースト・プレス)は、数多の税理士、会計士、弁護士、ビジネスマン、投資家らが関わるひっきりなしの裁判、複雑怪奇なカネの流れ、「ビートルズ帝国」が生み出すカネに群がるそういった人々にビートルズの4人が翻弄されてきたさまを描きだしている。
同書の原題は「You never give me your money」という。ポールの69年の作品のタイトルから採られた。要するに「あなたは絶対にぼくにカネをよこさない」ということだ。
数えきれないほどの人々が群がるビートルズの生み出すカネ。ジョンは80年、ジョージは2001年に亡くなったが、現在でも彼らはそれぞれ年間数千万ドル単位で「稼ぎ続けている」とのフォーブス誌の調査もある。
現役のポールとリンゴはなおさらのことだ。英サンデー・タイムズ紙が2016年4月に発表した英国とアイルランドのミュージシャンの推定資産ランキングでは、ポールとナンシー夫妻が7億6千万ポンド(約1200億円)で堂々の一位だった。この額は、ユニクロを展開するファーストリテイリングの2016年8月期のグループ営業利益見通しに匹敵する。リンゴは2億ポンド(約315億5千万円)で八位につけた。
ドゲットの著書の訳者奥田祐士氏によるあとがきによれば、ポールは「ぼくからすると、古いビートルズの音源の出し直しは全部、ちょっと搾取のにおいがする」と語ったという。
2015年11月、彼らのベスト盤「ザ・ビートルズ1」がミュージックビデオ集のDVD(ブルーレイ)とのセットで再販されたことは記憶に新しい。
この物質世界においてカネとどう折り合いをつけるかは避けられない問題である。人間ビートルたちの苦悩。しかし、ドゲットは次のように締めくくった。「ビートルズの魂はアップル・コア社の重役用会議室や、4人の億万長者の銀行口座ではなく、彼らの曲が持つ、本能的で自然の優雅さの中にこそ存在する。4人の天才が合わさると、金ですら壊せないものが生まれたのだ」と。
(文・桑原 亘之介)
桑原亘之介
kuwabara.konosuke
1963年 東京都生まれ。ビートルズを初めて聴き、ファンになってから40年近くになる。時が経っても彼らの歌たちの輝きは衰えるどころか、ますます光を放ち、人生の大きな支えであり続けている。誤解を恐れずにいえば、私にとってビートルズとは「宗教」のようなものなのである。それは、幸せなときも、辛く涙したいときでも、いつでも心にあり、人生の道標であり、指針であり、心のよりどころであり、目標であり続けているからだ。
本コラムは、ビートルズそして4人のビートルたちが宗教や神や信仰や真理や愛などについてどうとらえていたのかを考え、そこから何かを学べないかというささやかな試みである。時にはニュースなビートルズ、エッチなビートルズ?もお届けしたい。