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【はばたけラボ インタビュー】見える人と見えない人の共生目指す――障がい者サポートに取り組むモハメド・アブディンさん

スーダン出身のモハメド・アブディンさん

 未来世代がはばたくために何ができるかを考えるプロジェクト「はばたけラボ」。食べること、くらすこと、周りと関わること、ワクワクすること・・・。今のくらしや感覚・感性を見直していく連載シリーズ。

 10月10日の目の愛護デーを前に、視覚障がい者の立場から「目が見える人と見えない人が共生できる社会の実現」を目指すスーダン出身のモハメド・アブディンさん(46)に話をきいた。

 アブディンさんは、12歳のときに病気で視力を失った。19歳で来日、福井県立盲学校で学び、はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師の国家試験に合格した。その後、東京外国語大で平和構築・紛争予防を研究し博士号を取得。現在は参天製薬で企業の強みを生かした社会課題の解決に取り組んでいる。

――駄じゃれを交えるほど日本語が上手ですね。

 日本に行く1カ月前から泥縄式に学びましたが、自己紹介がやっと。日本で小説を朗読したテープやラジオを聞いたり、周囲と会話したりして覚えました。身ぶり手ぶりは通じず言葉が全てなので、言語を覚える必要性は見える人と全く違う次元なのです。

――ハンディにめげず大学院も修了しました。

 小学生で目が見えなくなったとき、母に「大工や運転士にはなれないが、知識を活用した仕事なら働ける可能性がある。勉強する以外に生きる道はない」と言われました。高い専門性は大事な武器なので、視覚障がい者は見えないことをカバーするぐらい質の高い教育を受けることが大事だと思っています。

――本や論文が読めないと勉強も大変でしたでしょう。

 この世界は目が見えることを前提にできており、情報の80~90%は視力で得ると言われます。目に不具合があると、獲得できる情報量は確実に減ります。今も昔も私たちは紙に書いてある文字は読めませんが、パソコン画面の文字は読み上げソフトで知ることができるようになりました。

――それは便利なソフトですね。

 しかし、読み上げに対応しないグラフや図にはアクセスできません。また、自動販売機はボタンの位置を頑張って覚えれば利用できますが、タッチパネルだと使えません。ウェブサイトのセキュリティーのための画像認識や、コンビニの無人化もそうです。技術は進歩していますが、その恩恵を私たちは十分に受けられていないのです。

――そうした不自由さは来日時と比べてどうですか。

 法整備が進んでいますが、あまり変わっていませんね。スポーツジムでは相変わらず一人での利用を断られ、賃貸住宅は「火事を出されるかも」と入居を拒まれることが多いです。障がいに対する気持ちが制度に反映され、障がいのある人が社会参加の機会を奪われている現状は、変えないといけません。

――現状を変える上でのポイントは?

 障がいの種類や程度によってニーズは違ってきます。例えば点字ブロックは、目が見えない私たちには欠かせませんが、車いすの人にとっては走りにくいです。一人一人にとって何が重要か、何がニーズかを考え、デザインする段階からいろいろな人の視点を取り入れないと、障がい者や高齢者は排除されることになります。

――見える人と見えない人が共生する上で必要なのは何でしょう。

 思い込みをしないことです。「目が見えないからできないでしょう」と言われると、能力を軽んじられ期待されていないと感じます。「できないからやってあげよう」という優しさは、挑戦する機会を奪うことにもなります。それは悔しい。目が見えないとどんな困難があるか、思いをはせて自分に置き換えてみてください。そしてゼロベースで付き合い、フラットにぶつけてきてください。

――ところで、なぜ参天製薬に入社を?

 ブラインドサッカーの仲間に参天の社員がいた縁で、「Happiness with Vision」を掲げ、見ることを通じて世界中の人々の人生に寄り添いたいという会社のビジョンに興味を持ち、入社しました。私が所属する基本理念・CSV推進部は、会社が本来持つ強みを生かして社会課題を解決しながら会社も成長させようという部署です。

――どんな強みや課題がありますか?

 強みは、眼科医療に特化し、MR (医療情報担当者)と医療関係者の強いネットワークがあること。一方、眼科医療では、失明しても働き続けたり幸せに生きたりする上で役立つ情報が患者に届いていない、医療から福祉にうまくつながっていないことが課題と感じています。

――どうすれば解決できるでしょう。

 福祉制度を紹介するのは患者に治療を諦めさせることを意味するので、医師もためらうのですが、必要性を感じている医師は多くいます。どうすれば患者に適切な情報を届けられるか考えている最中で、医師が患者に思いをはせ、共感できるよう、視覚障がい者の立場から大学病院の医局で講演をするなどしています。まだ試行段階ですが、失明しても人生の終わりではない、社会で活躍できる、というメッセージを、MRのネットワークを生かして伝えられたらと考えています。

――10月10日「目の愛護デー」が近づいています。

 今年は世界的な「World Sight Day」(10月の第2木曜日)も同じ日です。この日に、視覚障がい者とボランティアをつなぐスマホのアプリ「Be My Eyes」で、参天社員がボランティアをする計画です。スマホのカメラ機能を使い、困りごとのある障がい者に代わって、床に落とした財布を探したり、食品の消費期限を読み上げたりするのです。

「Be My Eyes」視覚障がい者と低視力の人々に視覚を提供するアプリ

――いつからその試みを?

 昨年が初めてで、欧米とアジアの社員123人が参加し、22の言語で約800件の問い合わせに対応しました。不具合を抱える人の生活を垣間見て「こんな小さなことでも立ち往生するのだと理解が深まった」と好評でした。今年は日本も含め250人の参加を目指し、将来は全社員がアプリをダウンロードして障がい者をサポートするようにしたいです。

 

モハメド・アブディン/1978年スーダン生まれ。98年に社会福祉法人の招きで来日し、2014年東京外国語大大学院博士課程修了。16年に日本国籍を取得。学習院大法学部特別客員教授などを経て、20年から参天製薬勤務。スーダン出身の妻と3人の子ども、スーダンの内戦から逃れて来日した両親、妹と暮らす。著書に『わが盲想』(ポプラ社)、『日本語とにらめっこ 見えないぼくの学習奮闘記』(白水社)など。


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