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スポーツマンシップの光 【平井理央 コラムNEWS箸休め】

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 2026年2月6日にミラノ・コルティナ冬季五輪が開幕しますね。ということで今回は、スポーツコラム風に、綴(つづ)ってみたいと思います。

 冬の五輪が近づくと、2010年バンクーバーで吸い込んだ冷たい空気を、いまでも胸の奥で思い出す。あの時、私は取材者として現場に立ち、世界の鼓動の真ん中で、一つ一つの瞬間を必死につかもうとしていた。

 記録以上に記憶に残る大会、バンクーバー冬季五輪を総括するなら、私はそう表現したい。浅田真央選手の銀メダル。リンクに残した涙は、強さと葛藤が混ざり合った宝石のようで、美しくて切なくて、胸が震えた。そして高橋大輔選手。フィギュアスケート男子日本初となる銅メダルを勝ち取った時、会場の空気が一気に跳ね上がった。歴史が変わる瞬間は、音ではなく〝振動〟として伝わってくるものなのだと知った。

 だが、ふと記憶をたぐる時、最も鮮明によみがえるのは、スピードスケート男子500メートルで起きた出来事だ。整氷車の故障でリンクが使えなくなり、長い中断が続いた。私もオロオロしつつ、メモを片手に、何が起こっているのか聞きに行っても、結果よくわからず、メディア席はざわついていた。もちろん、観客も不安げで、会場全体が宙ぶらりんな空気になったその時、ひとりのカナダ選手が静かにリンクへ向かった。

 ジェレミー・ウォザースプーン。

 〝史上最高のスプリンター〟。ワールドカップ67勝。カナダが誇る英雄だ。

 しかし当時の彼は、かつての〝無敵〟とは違っていた。2008年に腕を骨折し、長いリハビリを経て、復帰後も全盛期そのままのキレが戻ったとは言い難かった。

 それでも母国開催の五輪には、彼に対する期待と誇りがあふれていた。

 そのウォザースプーンが、音もなくリンクに入り、すっと1周を滑り始めた。アナウンスも音楽もない。聞こえるのは、氷を切るエッジの細い音だけ。けれどその1周が、会場の不安を驚くほどやわらげていった。観客から自然に拍手が起き、やがて大きな波のように広がっていった。

 競技再開後、彼は500メートルで入賞には届かなかった。母国でのラスト五輪、かつての世界王者が再び表彰台に返り咲く姿を願った人も多かっただろう。それでも、私の心に深く刻まれたのは、順位ではなく、あの静かな1周だった。

 強さとは速さだけではない。

 競技の向こう側にその人柄を感じる時、国境を越えて、感動が生まれる。だから私はスポーツを観るのが好きなのだと思う。舞台の内側でも外側でも、その人の生きざまがふいに光るその瞬間に、何度も心をつかまれるのだ。

 五輪が近づくたびに、私は思い出す。

 あのリンクに漂った、澄んだスポーツマンシップの光を。

 そしてまた新しい大会で、あの瞬間のような〝人の心を照らす1周〟に出会えることを、ひそかに楽しみにしている。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.1からの転載】

平井理央(ひらい・りお)/ 1982年東京生まれ。2005年、慶應義塾大学法学部卒業後、フジテレビ入社。スポーツニュース番組「すぽると!」のキャスターを務め、オリンピックをはじめ国際大会の現地中継などに携わる。13年フリーに転身。ニュースキャスター、スポーツジャーナリスト、女優、ラジオパーソナリティー、司会者、エッセイスト、フォトグラファーとして活動中。