ドイツ・バロック音楽の巨匠J・S・バッハが残した「無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ」全6曲は、同楽器にとっての「聖典=バイブル」となっている。ここでバッハは、1本のバイオリンを多声的に扱い、旋律と和声の同時表現を実現。多様かつ深遠な音楽世界を生み出した。曲集は各3曲のソナタとパルティータが交互に配置されており、ソナタは緩-急-緩-急の4楽章から成る「教会ソナタ」、パルティータは舞曲が連なる「組曲」の形がとられている。
今回ご紹介するのは、この内のソナタ3曲を、日本の精鋭・周防亮介(すほう・りょうすけ)が弾いたアルバム。1995年生まれの周防は、数々のコンクールで受賞後、着実に実績を積んでいる名手で、無伴奏の難曲のCDもリリースしている。本盤は、そんな彼が「満を持して」聖典に挑んだ新録音である。
周防は精度の高い技巧と艶やかな美音で繊細極まりない音楽を奏でる。しかもそこには朗々たる歌心やドラマティックな表現力が内包されている。本盤では、そうした彼の特長─特に後者の面─が如実に示されている。

周防亮介(バイオリン)
オクタヴィア OVCL-00892 3850円
この曲集は、巨匠によるシリアスな名演や俊才によるシャープな快演など、数多くの録音が出されている。だが周防の演奏は、そうしたどこかストイックな音楽ではなく、豊麗(ほうれい)・豊潤で歌心に溢(あふ)れている。それが今回取り上げる最大の要因だ。
彼は、すべての音を丁寧に奏で、遅い楽章をじっくりと、速い楽章を鮮やかに聴かせる。つまり音のつながりとフレーズの流れや抑揚がよどみなく表現されている。
特に有名なのが第2番の第3楽章アンダンテ。これはアンコールなどで弾かれる機会が多いのだが、どうしても各音が途切れがちの演奏になってしまう。その点本盤は、それぞれの音が一つのフレーズとしてつながり、息の長い旋律線として描かれている。
一方で、各曲の第4楽章をはじめとする快速部分では、無類の躍動感が生み出されている。
「聖典」を技巧の集成ではなく、音楽ドラマとして表現した本録音は、同曲の記録としては貴重であると同時に、新たな可能性を示すものでもある。周防はその後、パルティータ3曲のCDもリリースしている。こうした〝新時代のバッハ〟ともいえる演奏を併せて堪能されたい。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.1からの転載】

柴田克彦(しばた・かつひこ)/ 音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。









