【連載コラム 国内外の図書館をめぐる-7-】 東京・新宿区の早大キャンパスにある、村上春樹ライブラリー
“ハルキスト”という呼称ができるほどファンの多い作家、村上春樹氏。新作が出るそばから読んでいて、家の本棚にはすべての作品がそろっている、という人でも、このライブラリーには新しい発見が満ちている。たとえば、村上氏が翻訳家でもあることは知っていたが、こんなにも多くの翻訳本があったのか、という驚き。『ノルウェイの森』は、フランスではこんなタイトルと表紙だったのか、という新鮮な面白さ。そして氏の作品やその背景をもっと深堀りしてみたい時に読みたい、ほかの作家たちの作品。以前は予約制だったが、今はふらりと訪問できる東京の“名所”の一つだ。
正式名称は早稲田大学国際文学館。東京・新宿区の早稲田大学キャンパスの中にある。村上氏がさまざまな資料を寄託・寄贈したのをきっかけに開設、建築家、隈研吾氏の設計で校舎をリノベーションして造られた。建物の入り口や内部の階段に施された波打つような特徴的なデザインは、村上作品にひんぱんに登場する時空をつなぐトンネルを「建築空間へと翻訳」したという。
図書館には、閲覧スペースで読める蔵書が約3000冊ある。村上作品の各国版が並ぶのは、1階のギャラリーラウンジ。英・中・仏、韓国語などのほか、アゼルバイジャンやエストニア、バスク、モンゴル、ウクライナなど、さまざまな言語に翻訳された本が並ぶ。言葉が分かれば、翻訳されたタイトルから日本語の原題とは微妙に異なるイメージが膨らむこともあるし、知らない言語でも、日本語の本とは異なる装丁で、その言語圏の読者が持つ作品の印象がうっすらと分かって面白い。同じ階にあるオーディオルームには、村上氏が寄贈したジャズとクラシックのレコードが並ぶ。作品の中にも登場する旋律に浸っての読書は、ここならではのぜいたく。同じフロアにならぶコクーンチェアに身を預ければ、文字通りマユのようなほっこりした自分だけの空間に包まれて本に没頭できる。
館内で一番目をひくのは、中央にある階段本棚。木のトンネルをくぐる階段の両側に、フロイトや柳田邦男、シェークスピアやドストエフスキーなど、村上作品を起点に視点を広げたさまざまな領域の本が並ぶ。図書館にいる間は、眺めたり聴いたりして楽しむのに夢中になってしまうが、改めてその蔵書を読んでみようという時には、早稲田大学文化資源データベースで国際文学館の項目を開けば、蔵書の場所やテーマ、年代、言語などで読みたい本を簡単に検索できる。
ひとしきり村上春樹氏の世界に浸ったら、地下1階のカフェ「橙子猫 – Orange Cat -(オレンジキャット)」へ。村上氏が学生時代に経営していた「ピーター・キャット」にちなんだ店で学生主体で運営しているのだそうだ。当時の店で生演奏に使っていたピアノなども展示されていて、“小説家以前”の氏の世界を垣間見ることもできる。 (軍司弘子)