事業戦略や人材の採用・育成、従業員との接し方、後継者問題…。さまざまな悩みを抱えながら相談できる人が身近におらず孤独に陥ることが多い中小企業の経営者。そうした社長たちがオンラインで集って、アドバイスを与えあったり、時には愚痴をこぼしあったりして共感の輪を広げる。そんなコミュニティサイトが注目を集めている。ヒト、モノ、カネといった面では大企業と比べて不足しているが、個々の技術や事業への情熱で日本経済の重要な部分を担っている中小企業。そのリーダーたちが癒やしの場で、新しいアイデアや明日への活力も得ている。
▽最前線の声
「どんどん悩みが増え、孤独に押しつぶされそう」「明日も会社を続けるためには日銭を追わないといけないし、未来や大義にむけた挑戦も続けないといけない」「(社長である)父の考えに、どうしても納得できなくモヤモヤしている」「やはり即戦力がほしい。一人一人の仕事量が多く、新卒の育成まで手が回らない」。1970年代から中小企業を対象に保険事業を展開する大同生命が「社長が声をかけあうサイト」として運営する「どうだい?」には、日々経営の最前線に立つ社長たちの声が寄せられる。2022年3月の立ち上げから2年ほどで会員数は6万人を突破。当初は、保険の契約者がほとんどだったが、現在は約2割が大同生命の保険には加入していない経営者だという。営業担当者や会員からの紹介もあるが、「経営者」「孤独」「悩み」といったキーワードでネット検索するうちにたどり着くケースも多いようだ。
最も利用されているのはコミュニティーの機能。会員は自由に投稿し、投稿に対して感想や意見を返信することができる。また、会員が「学び」を得る場として、全国の経営者へのインタビューや専門家によるコラムなどの独自記事を配信。月に1度の頻度でウェブセミナー(ウェビナー)も開催しており、これまでに経済小説で知られる作家の真山仁氏や、テレビ番組「¥マネーの虎」への出演で人気を得た南原竜樹氏らが講師を務めた。ほかにも、趣味など特定のテーマを通して交流を広げるための「ルーム」と呼ばれる機能もあり、「ゴルフはどうだい?」「みんなの本棚」といったコーナーが設けられている。
▽共創で新たな価値
大同生命でサイトの構想が始まったのは19年ごろだったが、その後、新型コロナウイルスの流行があったことで、こうしたコミュニティサイトを提供することの重要性がより高まったという。同社お客さまバリュー開発部の森由奈さんは「デジタルトランスフォーメーション(DX)への対応など年々経営課題が複雑化していたところに、コロナ禍で人と人が対面して接するリアルが分断され、『経営者の孤独』がより顕在化した」と説明。その上で「具体的な問題解決というより、時には愚痴をこぼし、それに対する『共感』が得られることに意義がある」と強調した。実際、投稿者の多くは「従業員や家族にも話せない悩みを打ち明けられる場所ができ、本当にうれしかった」といった感想を記している。
「共感」から一歩進んで「新たな価値」が生まれることも期待されているし、実際にそうした例もある。起業を目指しSNSマーケティングの仕事を始めている熊本の学生起業家は「自分が思いついていない、知らないビジネスの切り口」を求めてネットサーフをしているうちに「どうだい?」にたどり着き、イラストレーターと企業を仲介する会社を作り経営者歴30年以上の東京の女性経営者とつながった。今では実際に会って、経営者として生きていく上でのさまざまなアドバイスを得ている。お客さまバリュー開発部長の長谷部隆さんは「単なるビジネスマッチングではない。目指したいのは、中小企業同士がつながり、次に進む勇気をもらったり、新しい何かを生み出したりする『共創』の世界」と話した。
▽ピンチはチャンス
中小企業を顧客として保険事業を展開して50年。「この間の苦労や成長といった歴史をともにしてきた」という大同生命が「中小企業とともに未来をつくる」との思いをこめて生み出した「どうだい?」。長谷部さんは「営業担当者が日常的に『どうだい?』をのぞくことで、これまでより深く中小企業の経営者の立場や悩みを把握して共感力を高めることができる。会社全体としてもお客さまへの理解を深め、新たなサービスを生み出すことにつながっていく。そういうふうにしていずれ保険事業の充実に返ってくれればと思っている」と将来を思い描いた。
グローバル環境が大きく変化し、日本経済もいよいよデフレを抜け出し新たな発展段階に入ろうとしている。会社の規模を問わず、かじ取りの難しい時代だ。資金力で劣る中小は厳しい戦いを強いられがちだが、ピンチをチャンスに変えることができるか。鍵は、一つ一つは小さくても光るものをもっている企業同士がつながり、新たな力を生み出せるかどうかだ。「どうだい?」のような場所に人が集まり活気づいていれば、その可能性は広がる。