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いまこそ見直したい畳文化 青山浩子 新潟食料農業大学教授 連載「グリーン&ブルー」

 日本家屋といえば、畳敷きの和室を思い浮かべる人が多いだろう。畳の香りと座り心地のよさは何にも代えがたいものだ。その畳の原料であるイグサを生産し、織機を使い、畳の表面部分である「畳表」に仕上げる農家が、国内では熊本県八代市に200軒余りしかいないことをご存じだろうか。

 一戸建てにせよ、マンションにせよ、和室が圧倒的に主流だった昭和の頃、イグサ産業は活況を呈し、収益性が高いイグサは「青いダイヤ」と呼ばれた。それが2000年に入って急増した中国産の畳表により、国産市場が次々に奪われた。和室そのものも減り、畳表の需要も細った。かつてはイグサの産地だった広島、岡山、福岡各県ではほとんど生産されず、残るは八代市だけになった。

 その後、潮目が変わった。表面がきめ細かく、年月がたっても変色しにくい優良品種が国内で開発され、安価な中国産と明確に差別化できるようになった。減ったとはいえ、畳を交換する一戸建て住宅の安定需要もある。供給が増えないいま、畳表の価格は上昇を続けている。

 久しぶりに八代市のイグサ産地を訪ねた。価格低迷の時代が長く、近年の高値でいきなり後継者が増えるというような単純な構造になってはいない。畳表の自給率も20%で横ばいだ。

 だが、ベテラン農家に混じって奮闘する若手農家たちは実に頼もしい。20代の若手は「年間通じて安定して仕事があるところがいい」。別の40代も「データを活用し、安定した収量や品質を目指します。5年後、また訪ねてください」と言った。

 イグサ農家はいずれも数台の織機を保有しており、原料生産から加工まで一貫して担う点が特徴。「農家でもあり、工芸家(芸術家)でもある」というあるベテラン農家の言葉は言い得て妙だ。

 「生産から加工まで」と簡単に書いたが、イグサを織る前には、収穫したイグサを泥水に浸す「泥染め」という作業もある。丈の長いイグサの乾燥状態を均一にし、香りを長持ちさせる大切な工程だという。

 そんな匠(たくみ)の技がイグサ産地を支えてきたが、新規参入がしにくい高い壁にもなっている。若手農家も「同年代のイグサ農家がいないのは寂しい」という。

 それでも、産地維持に向け、業界全体が動き出している。イグサの供給不足を補おうと、イグサづくりに乗り出した問屋がいる。一方、「まずは需要を増やすことが先決」と、畳表を使ったおしゃれな小物を開発し、カフェも運営する若手の畳店主もいる。国産のよさで差別化に成功した今治タオルを参考に、産業の維持発展を図ろうという動きもある。

 残念ながら筆者の自宅にも畳敷きの和室がない。それでも八代市で上質な畳表を踏みしめ、快感を味わった。日本の文化を守るために一消費者としてできることをしようと考えている。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.8からの転載】

青山浩子(あおやま・ひろこ)/ 新潟食料農業大学教授・農業ジャーナリスト。1999年からジャーナリストとして、全国の農業現場を取材し、雑誌・新聞などに寄稿。2018年新潟食料農業大学講師、24年から現職。