おでかけ

「どっぷり高知旅」始まる 長期滞在で“秘境”の魅力をじっくり、深く、たっぷりと

悠久の自然の造形、伊尾木洞

 海を渡って四国に入り、そこから他の3県とを分かつ峻険(しゅんけん)な四国山地を越えてようやくたどり着く高知というところは、ちょっとした“秘境”といえる。今は東京などから飛行機でひとっ飛びではあるのだが、山が海に迫る土地の津々浦々には隠された魅力が多く残る。そんな高知県が定番観光地に加えて、これまで知られていなかった良さを体験してもらおうというキャンペーン「どっぷり高知旅」を2024年4月1日から始めた。浜田省司知事は「キャンペーンは4年間という時間をかけしっかり展開していく。極上の田舎を、じっくり、深く、たっぷりと味わってもらいたい」と意気込んでいる。

 

 旅行業界の関係者によると、高知は「行きたいけどまだ行ってない旅行先ランキングの上位」なのだそうだ。清流や海の自然、坂本龍馬ら歴史・文化、カツオやユズといった食・・・。優良なコンテンツを抱えながら、近隣県などとの周遊が難しく「強い意志で選んでもらわないと来てもらえない」(県関係者)という背景があるようだ。そうしたハンディを乗り越えようと、高知県は「選んで来てもらって、好きになってもらって、また来てもらう」というコンセプトで県下の市町村や関連団体から観光素材を募集。合計166の応募があり、コンテスト形式で9つの入賞素材を選出した。今回は、そのうち2カ所を紹介する。

伊尾木洞の一番奥にある滝。連続テレビ小説「らんまん」の舞台にも

 

▽神秘のパワースポット

 高知市から東方向に約45キロ、車で1時間ほどのところにある安芸市の「伊尾木洞(いおきどう)」は、悠久の大自然が作り出した神秘空間だ。国道沿いにある何の変哲もない林から小さな川が流れ出す自然のトンネルのようになっている場所がある。入り口のところの穴の高さは3、4メートルほどだが、十数メートルほどの空洞を通り抜け振り返ると、4、5階建てのビルほどの高さの巨壁がそびえ立つ中に放りだされる。ここは300万年ほど前に土佐湾の海底に積もった地層が、数十万年単位の隆起を繰り返すうちに、流水や波で浸食されてできた地形だという。

 足元は沢になっていて、長靴を借りて少しずつ上流を目指す。途中、崖が切り立ったところは、ロープにつかまりはしごをつたって登り降りする。コンクリートで整備などはしておらず、自然のままの環境を残している。一番奥にある滝は、2023年のNHK連続テレビ小説「らんまん」の主人公、槙野万太郎が登場したシーンとして有名なスポットでもある。入り口からわずか400メートルほどだが、足元に注意しつつゆっくり進まないといけないので、たっぷり1時間はかかる。「冒険コース」という名前がついているのもうなずける。

 洞窟には万太郎のモデルとなった植物学者、牧野富太郎を魅了した植物が繁茂している。国の天然記念物に指定された40種類以上のシダ群落を、土佐弁のガイドの案内付きで見学することができる。数万年以上をここで過ごしてきたシダに手を触れていると、一帯を支配する不思議なパワーのようなものを感じる。一年を通じて気温は20度ほどに保たれているといい、暑い夏にもう一度訪れたくなった。

貝の化石がついた岩

 

▽江戸期のにぎわい

 伊尾木洞と高知市の中間辺りにある香南市の芝居小屋「弁天座」は、歌舞伎ファンならずともぜひ訪れたいところだ。観客は300人収容と小ぶりながらも、1階はちゃんと畳敷きの升席と、舞台に手が届かんばかりにせり出した2階席がある。舞台には、回り舞台と長方形に切り込んだせり上がり、花道も整っている。これぞ庶民が芝居を楽しむ原点といった雰囲気で、これまで市川海老蔵さんや、笑福亭鶴瓶さんも依頼に応じて歌舞伎や落語の公演をしたという。

弁天座の客席と舞台。この日は香南市役所職員が役者モデルとなった

 

 もともとは明治後期に地元、赤岡町の旦那衆がお金を出し合って造ったのが始まり。戦後のある時期までは毎日のように大衆演劇や映画などがあり、人の流れが絶えなかったという。時代の流れで閉館となったが、1990年代後半から地元の有志が再建に向け動き出した。小さな田舎でみんなが集まって楽しむためにはどんな施設がいいのか。作家の赤瀬川原平さんや、イラストレーターの南伸坊さんらの意見も求め、2007年に完成した。

 地元のイベントや市が関係する交流行事などで行っているメイクを施し、衣装も合わせて役者の姿になる「歌舞伎体験」が人気を博したことから、秋からは一般の観光客にもサービスを展開する予定。舞台に立って記念撮影ができ、料金は1万5000円程度。弁天座見学の目玉となりそうだ。また、弁天座の前には、江戸期に活躍した絵師・金蔵(略して「絵金」)の作品が展示されている「絵金蔵」もある。地元には絵金の残した芝居絵に描かれた歌舞伎を再現する「土佐絵金歌舞伎伝承会」があり、毎夏の絵金祭りに合わせて行われる公演も見どころだ。

弁天座の外観

 

▽新しい観光の潮流

 ここで紹介した以外にも、清流での川遊び、漁師体験など高知ならではの体験型観光資源が目白押しで、詳しい内容は「どっぷり高知旅」キャンペーンの特設サイトで見ることができる。高知の場合は、バスに乗って定番観光地を巡るといった旅行会社に頼る形の観光客誘致が多かった。しかし、新型コロナウイルス禍を経て旅行の主流が「団体・定番型」から「個人・体験型」に移っており、そうした潮流への対応も求められていた。浜田知事は「高知には、定番ものだけでなく、まだままだ埋もれた魅力がある。そうしたものを地元の人たちとの交流を通じて体験してもらいたい」と話した。

「どっぷり高知旅」のポスター