私はここ5、6年、毎月各地の漁港を巡っている。今月は愛媛の海を訪ね、先月は石川と大分、その前は静岡で漁船に乗せていただいた。佐賀に飛び、徳島に向かい、兵庫の港を歩いた月もある。これだけ各地を訪ねても、毎回心が躍るのは、それぞれ全く違う海と魚、そして独自の魚料理と出会えるからだ。
太平洋側と日本海側の海は異なり、瀬戸内や有明など内海の景色や魚の様子は外海とは違う。また同じ太平洋岸であっても、海底や沿岸の地形、水深や周辺の川の有無、潮の流れなどによって暮らす魚は変わるのだ。圧倒的に多様で豊かな日本の海を、自身の目で確認し、自分なりの発見をしたいために港を巡る旅を続けている。
しかしそんな旅の「発見」は、前向きなものばかりではない。残念ながら今、漁港で伺う話は暗いものがほとんどだ。「魚が獲れない」「魚が減った」という言葉を聞かない港は、ほぼない。
なかでも最近聞くことが増えたのが、「獲れる魚が変わって売れない」「獲れる時期が変わって需要期と合わない」。つまり、温暖化などによって従来の魚種が海から消え、新しい魚種が揚がるものの、買い付け側の需要と合わない、また魚が浅瀬に近づく産卵時期がずれたために、漁獲期と需要期が一致しないという問題だ。
このコラムで何度も書いてきた通り、水産資源の減少については、行政による資源管理の徹底や、干潟など環境の回復努力が今後何より重要だ。しかし獲れる魚の変化については、流通側の「売る」努力、ひいては消費側の意識改革で対応していくべき課題だと考えている。
昨春、南国ベトナムの海を訪れた。海岸線の長い水産国であり、豊かな魚食文化を持つベトナムは、2023年のFAO(国連食糧農業機関)世界漁業統計によると、漁獲量340万トンで世界7位。8位の日本を50万トンほど上回る。北部の港湾都市、ハイフォンの港は活気に満ち、町に広がる屋外市場には多様な魚があふれていた。
温暖化が今後さらに進むなら、日本から冷たい海の魚が減り、ベトナムのような暖かい海の魚が増えることは間違いない。慣れた魚種にこだわり、海の変化を嘆くばかりでなく、新しい海と魚を受け入れ、新しい料理を編み出し、流通整備や消費者の意識変容を進めることが、私たちの食文化を未来につなぐために必要なことではないだろうか。
佐々木ひろこ (一社)Chefs for the Blue代表理事。フードジャーナリスト。トップシェフたちと法人を設立し、企業や自治体、財団などとともに日本の海と食文化を未来につなぐための各種事業を行う。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.12からの転載】









