大学卒業後、会社勤めをせず、完全天日塩作りをしながら暮らすように働く30歳。高知県土佐市の仁淀川河口で塩とともに生きる田野屋銀象(たのや・ぎんぞう)さんに聞いた。
Q1 普通の若者とは違う生き方。きっかけは?
高2の夏休みに、姉が「塩作りをする」と言って、僕の師匠になる方に弟子入りしたんです。当時僕は音楽に夢中でした。ライブで暴れ過ぎてギターを壊し、新しいギターを買うために姉のところでバイトをさせてもらったのが最初でした。初めて結晶ハウスに入った時の熱気と塩の匂い、塩を混ぜる感覚が楽しくて、その瞬間に引かれました。
Q2 なぜそんなに引かれたの?
幼少期の原体験と合致したから。僕は高知の山奥で育ちました。1日中、田んぼや川の中をのぞき込んで虫を追い掛けたり、肌で風や日差しを感じたりするのが大好きだったんです。塩作りは天気や季節、作っている場所の自然環境にすごく影響を受ける。生き物を育てている感覚に近いんです。それが毎日できるなんて!って思いました。
Q3 どうやって塩作りを始めた?
なかなか師匠が認めてくれませんでした。高校卒業時は「世間を見て来い」と言われ、大学でいよいよ就活の時期を迎えても、「そんなに甘い世界じゃないぞ」って。でも僕は塩しかないと思っていたので、髪を伸ばしてリクルートスーツも買わず、「この通り就活なんてしてない、拾ってくれないと困る」と頼み込みました。それでも認められなかったのですが、当時交際していた子がいて「2人でやるんだったら」と。塩作りは365日休みがないんです。事故や病気で入院したら、塩の世話をする人がいなくなる。すると彼女が「私やります」って言ってくれたんです。彼女は内定も出ていましたが、3年間一緒に修行をして、独立してから籍を入れました。妻には感謝してもし切れないです。
Q4 これまで大変だったことは?
修行が終わってからの独立準備期間は、本当に人生のどん底でした。社会経験もないし、お金も当然ない。アルバイトを掛け持ちしながら生活していて、その最中にコロナ。バイト先も休みになって。すごくしんどかったですけど、当時「独立したらこれをやろう」っていうのを携帯のリマインダーに書きためていました、500個ぐらい。それを今、 一つずつ実行しているところです。
Q5 今の生活サイクルは?
太陽の時間に合わせた生活です。太陽とともに起きて、その日の空や風を見ながらハウスの窓の開きを調整します。軽く朝食をとった後、日によっては塩を収穫。あとはハウスに入って定期的に塩を混ぜてあげる。合間に袋詰めや発送作業の準備。日が沈むタイミングで終わりです。塩の世話は仕事とは思ってなくて、食事とか歯磨きとか、生活の延長。逆に事務作業とか発送作業は苦手なので、そういったことは夕方でやめる。365日休みがないので、そこの線引きはしっかりしています。日が沈んだら2人でご飯を作って食べ、夜はゆっくり過ごす。お出かけは基本しないです、旅行も。
Q6 今後の目標は?
田舎でおいしい食材を食べて育ったので、地元の食材の良さを引き出せる塩、完全天日塩を育てることが、僕のやりたいことです。2002年に塩作りが解禁されてからも、完全天日塩を作っているのは全国で10数カ所だけ。たくさんの人に完全天日塩と高知の食材を知ってもらうためには、もっと仲間が必要なんです。そして一番大きい目標は、それをこの地域の文化にすること。いつか高知の食、完全天日塩が一番いいよねって、世界に知られる文化にすることが、僕の人生を懸けてやりたい目標ですね。
番外Q 「はばたけラボ」が問い掛けるテーマ、〝ヒトは「 」で人になる〞あなたの考える「 」に入る言葉を教えてください。
僕が今頑張っていられる理由って大きく分けて2つ。自分の〝根っこ〞と〝幹〞がしっかりしていること。根っことは、自分の生まれ育った高知や人とのつながり。帰る場所があるから、しんどい時も乗り越えられた。要は、生物としての安心感ですね。幹は判断基準。塩作りを文化にしていきたいという基準があるから、いろんな判断が迷わずできる。今後、働く場所や移動の制限もなくなっていくと思うけど、だからこそ生活だろうが仕事だろうが〝ブレない基準〞、〝帰る場所〞を持っておいた方がいいなって思いますね。
田野屋銀象(たのや・ぎんぞう)/1993年生まれ。高知県安芸市出身。高知大学卒業後、完全天日塩作りの職人に弟子入り。2021年独立。https://www.ginzo-salt.com
〈 完全天日塩 〉
火を入れず天日だけで自然乾燥させて作る塩。ほぼ高知でしか生産されていない。
【銀象さんの完全天日塩の作り方】
❶地下海水をポンプでくみ上げる
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❷海水を循環させて塩分濃度を上げる
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❸結晶ハウス内の箱に海水を注ぐ
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❹塩を成長させる (1〜2時間おきに混ぜる、温度湿度の管理など)
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❺2カ月〜4カ月で完成
★はばたけラボは、ヒトはなぜ人になるのかを考え、今のくらしや感覚・感性を見直し、未来世代が思い切りはばたけるように応援するプロジェクトです。