応援する対象があることは、人生を豊かにしてくれる。スポーツや芸能はもちろん、どんなジャンルでも応援する気持ちがあるかないかで、心の浮き立ち方が変わってくる。例えば、ふるさと納税もそうだ。返礼品ばかりに意識が行きがちだが、そこに地域を応援する気持ちが加われば、あなたの充実感はさらに高まるに違いない。そんな応援したくなる町をひとつご紹介しよう。
北海道の北東部、オホーツク海沿岸の中ほどに位置する興部町。“こうぶちょう”でも“おきべまち”でもない。“おこっぺちょう”と読む。ひらがなにすると、なんだか可愛らしい。アイヌ語で「川尻の合流するところ」を意味する“オウコッペ”がその由来だ。
人口わずか3,700人(2021年10月現在)のその小さな町で、いま世界を揺るがすようなとんでもないプロジェクトが進行しているという。いったい何が起きているのか。話題の興部町を訪ねてみた。
オホーツク紋別空港から車で約40分。興部町へ向かう車窓からは右に雄大なオホーツクの海、左に緑の丘がなだらかに続き、空がやたらと広く感じられる。何もないがなぜか心が落ち着く風景だ。晴れた夜には星空が美しい町でもある。
一石三鳥の取り組み
興部町は、酪農・漁業を基幹産業とする一次産業の町。だが、まず向かったのは「興部北興バイオガスプラント」。この町の未来を担う重要な場所だ。このバイオガスプラントは、酪農基盤の強化と住民生活環境の向上を目的に、町が2016年11月から運営している。
出迎えてくれたのは、まちづくり推進課バイオエネルギー推進係の安東貴史係長。
「酪農では、牛が牧草を食べて牛乳を出しますが、一方でふん尿も出る。それを肥料として牧草地にまき、育った牧草を牛が食べてまたふん尿が出るという循環型酪農が基本です。しかし、ふん尿をそのまま畑にまくと問題が多い。まずは悪臭です。臭いというご意見が昔から多いんです。さらには、牧草に交じった雑草を牛が食べると、消化しきれなかった種子が排せつ物に混ざります。それを畑にまくと雑草を拡散しているようなもの。雑草率が高くなると栄養価の低いおいしくない餌が出来てしまいます。それらを防ぐために作ったのが、メタン発酵処理によるバイオガスプラントです」と安東氏は施設の目的を語る。
メタン発酵処理とは、ふん尿などを嫌気性の微生物に分解させる方法。その発酵過程で雑草の種子がほぼ不活化し、臭いの原因であるアンモニア等も分解されるという2つの大きなメリットが得られるのだ。ふん尿は発酵によって消化液と呼ばれる液体に変化し、それを固液分離。液体は殺菌した後、良質な肥料になり、固体は牛舎の敷料として活用される。そしてもう一つの大きなメリットは、バイオガスの発生だ。
「メタン発酵時に発生するバイオガスには、メタンという燃えやすい気体が含まれていて我々はそれを発電に利用しています。牛は二酸化炭素を吸収して光合成した草を食べますから、牧草やふん尿のバイオマス資源が生み出すのは、化石燃料に替わる再生可能なエネルギーであり、カーボンニュートラルなクリーンなエネルギーです」と安東氏は胸を張る。
つまりは、臭気対策、良質な肥料などを生み出す酪農基盤の強化、さらにはクリーンエネルギーの生産という一石二鳥どころか一石三鳥の取り組みということか。
「そうです。そしてその一石三鳥を、四鳥にも五鳥にも広げようという取り組みがいま行われているのです」と安東氏は気になる言葉を発し、いい人を紹介しましょうと言う。
世界で初めて牛ふんのメタンガスからメタノールを生成
車で連れていかれたのは、丘の上にある中世ヨーロッパのお城のような建物。地元ではモーモー城とも呼ばれる、町営の酪農専門研究機関「オホーツク農業科学研究センター」だ。
その一室にいらっしゃったのは、大阪大学 高等共創研究院の大久保 敬教授。突然の来訪にもかかわらず笑顔で出迎えて下さり、驚くべきことを語り出した。
「私たちは2018年に、メタンガスを酸素と反応させて常温・常圧でメタノールを作るという化学反応を成功させました。これは世界で誰も成功したことがなかった化学反応で、90年代にアメリカ化学会が挙げた『将来人類ができたらいい10個の化学反応』、いわゆる“ドリーム反応”のひとつです。ただ、試験管レベルでは成功したものの、目指すところは社会実装。実験のスケールをどうやって拡大しようか困っていたところ、2018年の秋に突然お見えになったのが興部町の町長です。『論文を見たが、うちの町にはメタンガスがふんだんにある。それをメタノールに換えたい』とおっしゃったのには驚きました」
「さらに驚いたのは、化学反応の副産物として生成されるギ酸です。当初、私たちはギ酸を利用する考えはなかったんですが、酪農では牛の餌の味付けをする添加物としてギ酸を使っているという。つまり興部町なら有効利用できるんです」
両者に大きなメリットがある幸せな出会いがあり、2019年、興部町と大阪大学は連携協定を締結。2020年には世界で初めて牛ふんのメタンガスからメタノールを作ることに成功した。最初は100ccのフラスコのレベルだったが、2021年は10リットルの容器で成功。大阪ではバイオガスを用意するのが難しいため、「オホーツク農業科学研究センター」の中にOKPOU(オクポー:OKoPpe/OsakaUniversityの略)というラボを作り、大久保教授が月に一度、興部町を訪れて実験を行った成果が出たわけだ。
現在、興部町のバイオガスプラントの一画には、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の補助を受けて実証プラントが建設されている。2022年の春に完成するその施設には1,000リットル(1立米)の反応器が収められる予定だ。その実験が成功すれば、興部町のバイオガスプラントで生成される牛560頭分のバイオガスをすべてメタノールに換えるために必要な1万リットル(10立米)の反応容器の実現は難しくないという。
「メタノールはプラスチックや洋服を作るのに絶対必要な物質です。ギ酸も融雪剤や水素の原料に使われ、将来的には水素自動車が普及したときにポリタンクに保存したギ酸から水素を取り出すというような使い道も想定される有望な化合物。ですが、二つともほぼ全量、輸入に頼っています。我々の試算では興部町の560頭分のふん尿を処理しますと、メタノール80トン、ギ酸が40トンできる予定です。もし、全国の乳牛のふん尿を処理できるとすると、メタノールが20万トン、ギ酸が100万トンできますので、メタノールは日本の輸入量の約2割を牛のふん尿だけで賄うことができ、ギ酸は輸入量の100倍作れます。日本がギ酸の輸出国になれるんです。メタンガスは、乳牛だけでなく、豚のふんやごみ処理場でも作れますから、日本には原材料がたくさんあります。それに火山ガスや炭鉱のガス、メタンハイドレードなどのメタンガスを加えて、それらを有効活用すれば、日本はエネルギー大国になれるわけです。その第一歩が興部町でやっている実証実験です」
現在、興部町では循環型酪農が行われているが、大久保教授らが考えているのはそこに化学反応から生まれるメタノールとギ酸を組み込んだ「炭素循環型酪農システム」(図1)だ。
COP26では、二酸化炭素に加え、メタンも30%減らすことで合意がなされたが、このシステムなら、炭素を循環させつつ、メタンを減らすだけでなく有効利用できるというわけだ。
「いいかげんな出会いが良い加減に」
なんとも夢が広がる壮大な話ではないか。これはもう、幸せな出会いを実現させた立役者に、どうして大阪大学を訪ねたのか真相を聞くしかない。町役場に向かい興部町の硲一寿(はざま・かずとし)町長に話を伺った。
「もともとは神戸に視察に行きたかったんです。神戸市が阪神淡路大震災後に下水道処理を一新し、メタンガスを市内の循環バスに使っているという事業を見学したかった。その時にたまたまネットで大久保先生の論文を見つけたんで、じゃあ出張の口実を増やすために大阪大学にも行ってみようと。
お会いしてみたら、中東からも国家レベルの引き合いがあるすごい話。ただ、まだ研究段階でそんな大きな話には飛びつけずにいるという。先生が一番困っていたのは、メタノールが1できたら不要なギ酸が5出ること。私はもともと酪農家ですから、20代のころから牧草を刻んで餌にする際にギ酸を使っていた。先生に北海道ではギ酸を1,000本も2,000本もドラム缶で使ってるんですよと言うと、先生は『えーっ』ですよ。先生は酪農を知らないから、牛のふん尿から60%メタンガスが出るんですと言ったら、また『えーっ』。町から出るメタンガスは豊富で、研究する量としてはちょうど手頃だということも判明。利害が完璧に一致したわけです。ウソのような話ですけど」
「いいかげんな出会いがいい(良い)加減になった。不思議なもんですね人の出会いって」と豪快に笑う硲町長だが、気にするのは採算。「メタノールとギ酸はいま輸入品ですから、(価格面で太刀打ちできるか)不安はあります。ただ重要な物質であることは確かですし、ぜひ成功させたい」と語る。
自治体の財源と聞いて思い浮かぶのがふるさと納税だ。全国の2020年度の受入額が過去最高を記録したふるさと納税は、興部町でもようやく軌道に乗り始めたところ。それは活用できないのだろうか。
「基本的に社会インフラを整備するのが行政の仕事で、子育てから医療・福祉がまずメイン。通常は既存の産業系にはふるさと納税はまず使いません。しかしながら、温暖化対策(カーボンゼロ)の取り組みは今日の地球的課題です。興部町が取り組むバイオガスをベースにしたメタノールの精製は、CO₂の25倍も温暖化に影響を及ぼすメタンガスの削減・活用にもつながります。子供たちの未来づくり・公共福祉・産業対策・エネルギー対策など広範囲な施策に関連する取り組みでもありますので、さまざまなお考えでご支援くださいました皆様の願いを裏切らないものと考えています。従いまして、これからはふるさと納税を興部町のバイオガス事業に使わせていただく考えで発信していきたいと考えています」
硲町長は真剣な眼差しに戻り、そう打ち明けた。
高校生が開発した商品で、地元企業同士のコラボが初めて実現
興部町では、もうひとつ面白い取り組みが行われている。町で唯一の道立高校である興部高等学校の1年生による、ふるさと納税返礼品の「商品開発」だ。
まずは大橋一夫校長にその背景を語っていただこう。
「いま、全国の高等学校では文科省からスクール・ミッションの再定義が求められています。私たちの高校で一番の柱に掲げたのが『高校と地域の掛け算による学校力向上と地域創生』です。うちは全校生徒が40人と少ないですが、教師も教頭以外は10人。どうしてもマンパワーが足りません。どうやって学校力を上げていくかと考えたときに、地域、外部と連携することが必要でした。そんな時、町の観光協会でふるさと納税の業務をサポートする(株)TONMANAさんから今回の商品開発の提案があり、話を受けました」
授業は「総合的な探究の時間」を使って2021年の4月にスタート。まずはどんな商品を開発するかだ。一般社団法人全国スーパーマーケット協会が派遣した講師がレクチャーする「地域商品開発における基礎知識」を学んだ上で、地元事業者とも交流した。8月までに生徒たちが地元事業者へ提案した商品は3つ。はまなす味のアイス『はまなすアイスクリーム』、地元チーズをベースにしたベーコン・ソーセージ・海産物いっぱいのピザ『Okoppezza(オコペッツア)』、地元の昆布を麺に練り込んだ『こんぶらぁめん』だ。どれもすごくおいしそうな魅力的な商品である。
9月から3月までは、商品のパッケージをどうするかデザインを考える授業、どうやって売るかのマーケティングの授業を(株)TONMANAの講師が担当。取材した11月某日には、商品に添えるキャッチコピーを考える授業が行われており、生徒たちが笑顔でどんどん意見を出し合う様子が印象的だった。
生徒たちに授業の感想を聞いてみると感性豊かな答えが続々と返ってきた。
「こういう授業の経験がないので、最初は緊張とワクワクが50%ずつでした」「ほかの教科に比べると使う頭の部分が違う。アイデアを出すのは新鮮味があって楽しい」「不安でしたが、専門家の方がフォローしてくれて商品づくりできるので良かったです」「3つとも興部町では初めての企業と企業のコラボ商品。それが町のさらなる発展につながると思うといい経験ができてるなと思う」「どうやったら手にとってもらえる商品になるのか、買う人の気持ちになることが難しいです」「町の企業が積極的に協力して下さるので町の人の温かさを知ることができたし、町で作っている食べ物が質のいいものなんだと知って誇らしい」・・・。
一方、先生方のほうも手ごたえを感じているようだ。「最初は生徒たちにも戸惑いがあったが、外部のいろんな方に関わっていただいて慣れていき、生徒たちらしい意見が飛び交うようになったと思います」と話すのは担任の杉山拓哉先生。教務主任の水上大司先生は、「教員の立場からすると、いい商品ができることが大切なのではなく、生徒がどう成長できるかが一番大切。ここから先、生徒たちがどのように成長していったのかを見極めるのが大変な作業だ」と語る。
商品開発の授業による成果は、旧来の物差しでは測れない。そこで興部高校ではAiGROWというAIを活用した資質・能力を、発見力、グローカル力、コミュニケーション力など11の力として測定するシステムを導入しているという。教頭の澤向亮賢先生は「商品開発だけが理由ではないと思いますが、高校に入ってAiGROWの評価で資質・能力が大きく伸びた子がいます。商品開発をやって良かったなと思います」と熱く語ってくれた。
さらに、事業者側の意見を興部町の沙留(さるる)漁業協同組合の富田和幸専務理事に聞いてみた。
「そういう活動を通して、高校生も地元で何が獲れるのか興部町にはどういう特産物があるのかわかってくるはず。人手不足や、気候変動で獲れる魚が獲れなくなるなど課題はいろいろあるが、彼らが興部町の漁業を理解してくれて味方になってくれるとうれしい。私らは考えが固まっちゃってるんで」と高校生の柔軟な発想に期待している様子だ。
魅力的な3つの新商品がふるさと納税の返礼品として登場するのは、2022年3月の予定である。
町民の生活の質を向上させようという取り組みが、偶然の出会いを経て、町どころか北海道、いや日本、いや世界の役に立つ快挙にまでたどり着こうとしている興部町。人口減少が進み、学校の存続を危惧する声もある中、これまでにない取り組みで、地域の事業者に元気を与えている興部高校。自分のふるさとではないけれど、実際に訪れてみると、心から応援したくなる町だった。
興部町のふるさと納税お礼の品の一部
興部町ではさまざまなふるさと納税のお返の品を用意している。オホーツク産ホタテ貝柱やカニ・イクラ・筋子などの水産物、チーズやヨーグルト・牛乳などの乳製品、ハム・ソーセージなどの食肉加工品、そしてアイスやケーキ・麺類など、おいしそうなものがいっぱいだ。ぜひ一度「おこっぺ町の【ふるさと納税サイト】」をのぞいてみてはいかがだろうか。