“食のSDGs甲子園”のような大会に挑戦
5人の生徒たちは固唾(かたず)をのんで賞の行方を見守っていた。表情は落ち着いていたが、内心はドキドキである。ここは北海道興部(おこっぺ)町の中央公民館の一室。この日、生徒たちは『第1回 高校生 食のSDGsアクションプラングランプリ』(主催・学校法人中内学園 流通科学研究所)の最終審査にオンライン参加するために集まっていた。全国の高校生・専門学校生58チームがエントリーした中から、最終審査に進む10チームに選ばれたのだ。北海道興部高校2年生の有志5人が結成したチームの名前は「おこっぺっこ」。
『高校生 食のSDGsアクションプラングランプリ』は、若い世代が新しい「食」の問題を考え、未来を展望するきっかけになればと創設された賞だ。メインテーマは『豊かで持続可能な食を目指して』。サブテーマは、「あなたが企業の社長もしくは市区町村と仮定して、企業・市区町村が行うSDGsへの取り組みを企画しよう」というものだ。この大会は、いわば“食のSDGs甲子園”。この日は一次審査を勝ち抜いた10チームが最終審査のプレゼンを行い、受賞チームが決まるのだ。
チーム「おこっぺっこ」には勝算があった。彼らには、SDGsと関連付けられるような問題意識と、食品の商品開発をすでに行ってきた実績があったからだ。彼らが発表したテーマは、【「興部町ミライクリエーション」まちづくりの一環として高校存続の危機を救う】。その内容を紹介する前に、そもそも興部町とはどんな町なのだろうか。おこっぺ町観光協会の池田晴奈さんに町を紹介してもらおう。
「興部町は、北海道北東部のオホーツク海沿岸にある、人口3,620人(2022年10月現在)の小さな町です。冬の寒さは厳しく、気温は-20℃を下回ることもあり、沿岸には毎年、流氷がやってきます。流氷が運んでくる植物プランクトンで育った海産物の恵みを受けた漁業、冷涼な気候を利用した酪農が町の基幹産業になっています」
コンセプトは「興部町ミライクリエーション」
そんな北の小さな町の高校生たちが、最終審査のプレゼンでまず掲げたのは「興部町ミライクリエーション」というコンセプト。『未来 + Like + Creation』を合わせた造語で、「未来」の「好き」を「創造する」プロジェクトを表している。その内容は、「高校生が興部町をいろいろな視点から考える取り組み」によって、一人一人が未来の「好き」を創造する興部町を築き上げることだという。
そもそもSDGsとは、世界全体で危機感や問題意識を共有し、課題や問題を17の目標や169のターゲットを設定して解決していき、持続可能な社会を実現していこうというもの。では、興部町の抱える問題、「おこっぺっこ」が感じている危機感とは何なのか。それは日本全体に共通する、「人口減少」問題だ。興部町では、1960年に約9,400人だった人口が2022年には約3,600人にまで減少。2060年には1,900人になってしまうという試算もある。それは、興部町においては、①自治体の収入減少、②地域経済の縮小、③興部高等学校の存続危機(現在は全校生徒40人)という深刻な問題に直結する。
では、どうすればいいのか。チーム「おこっぺっこ」が提案したのは、『高校生が開発した商品をふるさと納税の返礼品にする』という解決方法だ。それによって、商品を製造する町の事業所と町が収益を上げられ(①自治体の収入減少を解決)、ふるさと納税で地域の商品がたくさん売れると生産するための人手が必要になり町内での働き口が増える(②地域経済の縮小を解決)というわけである。
さらには、開発した商品や、その情報のSNS発信によって自分たちの活動を知ってもらえば、興部高校や興部町に興味を持つ人が増え、商品が給食に出てくれば小中学生が興部高校の活動を知ることになる。それらは興部高校への入学希望者を増やすこと(③高等学校の存続危機を回避)にもつながっていく。
実は、興部高校では昨年から、「総合的な探究の時間」を使って授業ですでに商品開発に取り組んでいる。地元の事業所を見学したり、商品のアイデア出しをしたり、キャッチコピーの作成や商品パッケージのデザインに取り組んだりと、積極的に活動を行っているのだ。その結果、生徒たちは地元事業者へ3つの商品を提案するところまでこぎつけた。地元チーズをベースにしたベーコン・ソーセージ・海産物がいっぱいのピザ『Okoppezza(オコッペッツア)』、地元の昆布を麺に練り込んだ『こんぶらーめん』、はまなす味のアイス『おこっぺアイスはまなす味』だ。これらの商品のうちピザとラーメンは近々、道の駅で販売されたり、ふるさと納税の返礼品に登場したりする予定である。
生徒たちは、これらの提案がSDGsとどうつながるのかも説明。町内外の企業と協力して商品を開発するという活動や、この商品開発で初めて町の事業者間のコラボが実現したことも含め、SDGsの[目標17:パートナーシップで目標を達成しよう]に対応すると、まず訴えた。さらに、町の収入や町の事業者の収益改善による雇用の増加は、快適な町づくりに寄与し、人口減少を食い止め、観光客の増加も期待できるので、[目標11:住み続けられるまちづくりを]に該当するという。
そのほか、生徒たちは「もし、私たちが興部町の町長だったら」と題して、オホーツク海を一望できる場所での観光施設の提案や、(海外も含めた)他校とのオンライン交流授業にまで言及。ここぞとばかりに未来への夢を語った。
「もしかして」と「まさか」の思いで迎えた結果発表
全10チームがプレゼンを終えるといよいよ審査結果の発表だ。大人でも内容をよく理解しているとはいいづらいSDGsに、どの学校も果敢にチャレンジしていて、評価は難しそうである。案の定、審査は難航し、結果発表は予定より30分近くも延期された。
最初に審査員特別賞の3チームが発表されたが、そこに「おこっぺっこ」は入っていない。次に優秀賞が1チーム。これも他の学校だ。「もしかして」という期待と「まさか」という不安が入り混じる中、最後に最優秀賞が発表されたが、ついに「おこっぺっこ」の名前が呼ばれることはなかった。
イベント終了直後、生徒たちに率直な気持ちを聞いてみた。
「思っていたような賞はいただけなかったんですけども、SDGsへの理解を深めることもでき、やってきた商品開発がいかに重要であるかということも確認できたので、頑張ってきてよかったなと思いました」(山田陽菜さん)
「このチームに誘ってもらって、全国の中から10チームに選ばれて、みんなで楽しくここまでこれてよかったです」(和田琉貴くん)
「まず、悔しい。そして結果を聞いてどっと疲れました。6月のチーム結成以降、このグランプリに応募する活動をしてみて、SDGsの理解度が授業で学んだだけでは足りなかった分、奥の奥まで学べたので、参加できて良かったなと思っています」(加藤青空くん)
「結果は悔しいですけど、興部町をより深く知ることができたし、商品開発がSDGsに絡んでいることも深く知ることができてすごく学びになったし、みんなでわいわいやれたんで、参加できてよかったなと思います」(髙橋聖哉くん)
「賞をとれなかったことは残念なんですが、SDGsに関してより深く知ることができたし、他の人の考えを聞いて、そういう考え方もあるんだと学びにつながったので良かったです」(藤原愛心さん)
生徒たちの言葉の端々には悔しさがにじんでいたが、充実感もはっきり伝わってきた。はたから見ていて感じたのは、プレゼンでは理想や概念的な話が先にたって、実際の活動や現状報告のアピールが少し足りなかったかなということ。要は単純に表現の仕方の問題で、彼らが取り組んできたことや問題意識は決して他のチームに負けてはいなかったように思った。
町長は預言者のようなコメント
実は、審査の前日、興部町の硲一寿(はざま・かずとし)町長にお会いした際、生徒たちへのエールをお願いした。すると、まるで預言者のようにこんなコメントを下さった。
「最終審査の10チームに残ったのは素晴らしいこと。でも、今回は負けてもいいんですよ。ドキドキする経験を重ねた子は強くなる。そういうことを若いうちに経験していると、年取って、つまずいても強い。悔しい経験をして、自分たちは頑張ったけど何が悪かったのかと思ってもらうことが教育だし、それはなかなか経験できないこと。3位ぐらいなら入賞しない方がいいな。1位か、まったく入賞しないか。どちらもいい経験になる。チャレンジしたことが素晴らしいんです」
さらに、生徒たちが発表の中で言及したふるさと納税の現状に関しても尋ねてみた。
「ふるさと納税の寄付金は、お隣の紋別市に比べたらまだまだ額は少ないですが、おかげ様で少し増えましたので、町ではそれを何年か貯めて、子どもたちの教育の場を作ろうとしています。今年は認定こども園という保育所と幼稚園を一緒にしたものを建てようと、9月に予算編成、12月には業者の入札をする予定でしたが、建設工事費の高騰と予算不足で、2年先延ばしにしました。ふるさと納税の寄付金のおかげで、子育ての施設を作る道筋だけはつけられて、ありがたいなと思っております。
北海道は食料自給率が217%(2020年度)。国内の一次産業が頑張れば、輸入品より安全な乳製品を作り、肉を作り、農作物を作っていけます。それを持続可能にしていくためには次の世代がちゃんと育って、学んで大きくなってくれないと困るんです。そのためにも教育や医療など地方のインフラ整備を応援して欲しい。それが僕らの願いです。だからそれを応援してくださっている、ふるさと納税の寄付者は我々にとって神様みたいな方々ですよ」
町オリジナルのふるさと納税サイトも
興部町では、ふるさと納税に関する業務を、おこっぺ町観光協会が行っている。ふるさと納税をきっかけに興部町を知ってもらい、町のファンになってもらい、いずれは観光で町を訪れてほしいという願いからだ。
観光協会の池田さんに、ふるさと納税の返礼品で人気の品を紹介してもらおう。
「いま一番人気はマルフジ海産さんのイカゲソです。他にも沙留漁業協同組合さんのホタテの玉冷など、魚介類が好まれる傾向があります。イカゲソは、ゲソの部分を小さなものから大きなものまで、ふぞろいで入れて格安でワケあり商品として出しています。おいしくて量もあって寄付金額も手ごろなのも人気の理由かなと思います。
あと、興部町は酪農が盛んなので、牛乳やチーズ、ヨーグルトといった乳製品も人気があります」
池田さんに、全国のふるさと納税利用者に伝えたいことはないか聞いてみた。
「ふるさと納税の大手ポータルサイトで返礼品を検索される方が多いと思うんですが、実は今年の11月に興部町オリジナルのふるさと納税サイトも作っています。外部のポータルサイトだと他の自治体さんも一緒になっているので、できるだけ安いものを探す、買い物感覚が主流になりがちだと思うんですが、オリジナルサイトは、いろいろな興部町を感じてもらえるような作りにしています。例えば町のチーズはこういう風においしく食べられますという記事など、現場を踏まえた興部だけの特別なサイトとして、日々更新する予定です。
もし興部町やその近くを訪れるようなことがあれば、池田さんおすすめの場所はあるか聞いてみた。
「興部町の最大の魅力は北海道の大自然で、観光施設の整備などは、正直これからの課題です。いま訪れるとしたら、ノースプレインファームさんのお店『ミルクホール』などいかがでしょうか」
ごまかしのない製法から生まれるおいしさ
興部町の中心部から国道239号線を南西に車で約10分。左手にのどかな牧場が見えてきたらノースプレインファームに到着だ。同社は、ふるさと納税の返礼品にもなっている「おこっぺ有機牛乳」「おこっぺ有機ヨーグルト」「おこっぺ有機チーズ」などを製造している会社で、ここには牧場と工場のほかに、実店舗「ミルクホール」がある。その店内は右手がカフェ&レストランのスペース。左側には同社の全製品や国内外の食品・ワインなどを販売するショップが併設されている。
出迎えて下さった同社の取締役副社長 吉田年成さんは自社製品の特長をこう語る。
「食品ですので安全・安心ということが大前提で、加えて味のおいしさ、ごまかしがないこと、品質に応じた妥当な価格が製造理念としてあります。おいしさというのは、原料そのものの味がすること、新鮮であることです。ごまかしがないというのは、添加物を使わないとか、おいしさのためには手間がかかる製造工程もいとわないということです。当社では3つの有機JAS認証を取得しています。
自分たちの製品に自信はありますが、いろんな選択肢の一つとしてまずは試していただければ。そこでお口に合えばうれしいですし、作っている場所に来てみたいと思っていただければもっとうれしいですね」
カフェスペースでは、ハンバーグをメインに同社のバターやチーズを使ったメニューやソフトクリームを味わえ、時期によって、牧場で草をはむ牛たちを眺めることもできる。店内で飲んだ牛乳の味はまさに絶品。新鮮でさらっとしていながら、うま味がしっかり感じられ、あぁこれこそが本当の牛乳なんだなぁと感動した。
興部町には、本当に魅力的な商品がたくさんある。ふるさと納税によって、寄付者はそれを返礼品として楽しみ、町は寄付金を持続可能なまちづくりに活用している。そこに高校生たちが開発した商品が加わってくれば、その好循環はさらに広がる。雇用が増え、高校生が増え、町を訪れる人が増えれば、チーム「おこっぺっこ」が掲げた「興部町ミライクリエーション」というコンセプトは決して絵空事ではなくなってくるのだ。いつの日かそれが実現した時、チーム「おこっぺっこ」にグランプリを与えてほしい。そう願うのは私だけだろうか。
【公式】興部町ふるさと納税サイト