憂慮される混乱と対立の長期化 ミャンマーのクーデター

 ミャンマー国軍によるクーデターが勃発して早くも2カ月以上が過ぎた。騒乱の犠牲者は4月初旬時点で550人を超えて、なおも増え続けている。事態は急速に悪化の一途をたどり、SNSを通じて流される国軍の非道なデモ隊への蛮行に対して国際機関や日本、欧米諸国は非難を繰り返しながらも事態打開への効果的な道筋を見いだせない。

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 今回のクーデターは同国の将来性に賭けてきた多くのビジネス関係者にとって驚きと同時に大きな嘆息をもって受け止められている。一夜にして政権が軍隊によって奪取される…一時代前の発展途上国ではよくあったことだが、ミャンマーにはその火種が温存されていた。

 ミャンマーの戦後史の中で国軍の位置づけは極めて大きい。

 ネ・ウィン時代を含めるとその政治支配は半世紀に及び、後半は国軍と国民民主連盟(NLD)の対立の歴史である。2011年のテイン・セイン政権による民政移管は表面的なものにすぎず、実態は軍政時代に制定された憲法が国軍の政治関与を強力に確保したもので(別表参照)、民主化は不完全のまま先送りされた。

 国軍とNLDは〝微妙な〟妥協の上に“共存”してきた。NLDが長年の苦闘の末政権を奪取したのはわずか5年前の2015年。憲法改正の法案を議会に提出しても、国軍議席がある限りは不可能だった。国軍の中に穏健な良識派が台頭して主導権を握り憲法改正に同調しない限りは国軍の政治への関与は続く。昨年11月の総選挙でNLDが大勝したことは、さらに5年もの間、前述のような国軍にとっての悪夢が起こらないとも限らないのである。

 連日のデモ隊に参加するのは大半が20歳代前半の若者だ。若者たちは1988年の民主化運動を経験した世代の息子・娘たちで当時のことを親たちから教えられている。“民主化の時計の針を巻き戻される事は断じて許さない。暗い軍政はまっぴらだ。国軍を排除しない限りは真の民主化は達成されない”、という強い危機感が彼らを動かしている。

 一方、国軍は市民の抵抗運動がこれほどまでに長引くとは予想できなかったのではないだろうか。SNSによる拡散効果もあって抵抗運動は地方農村部にまで一挙に拡大し全国的規模になった。地方の少数民族武装勢力がデモ隊の保護という名目で連携したのも国軍は予期できなかっただろう。

 日増しに陰湿さと非道さを増す国軍による弾圧と殺りくに対して、デモ隊は“革命”の成就を連呼しだした。武力という点では圧倒的に不利なCRPH(注1)は、少数民族を味方にすることで抵抗運動を反国軍勢力の大同団結という構図に押し上げることに成功、ついには少数民族の武装勢力を統合して連邦軍の結成を目指している。

 4月2日には、現行憲法を破棄し新憲法の草案を発表するなど臨時政府としての立場をさらに明確にし、国軍が到底受け入れることができない方向に走っている。こうした強硬姿勢は本格的な内戦に発展する可能性が強く問題解決をさらに困難にするばかりである。振り上げた拳を下ろせない国軍、二度と国軍支配の体制に戻らせないとする民主化勢力。双方の対立をあおるのではなく、お互いの妥協点を探す努力が真剣に行われるべきである。

 国連、東南アジア諸国連合(ASEAN)、日本などが連携して英知を注ぎ込み解決に向けての早急な行動が望まれる。内戦の拡大は国を分断し混乱を長期化するのは必至であり、これだけは絶対に避けなければならない。

 

わだかまる相互不信感

 

 ミャンマーでは昨年10月初旬から今年1月中旬にかけて新型コロナの感染拡大で経済活動が大きく停滞、クーデターによる騒乱がこれに拍車をかけている。またCDM(注2)によって政府機関や金融機関では職員が職場を放棄し機能不全が続く。多くの民間企業もこれに同調し従業員のデモ参加も拒めず、経済活動は停滞したまま既に半年が過ぎようとしている。 休業中の従業員の給与を保証している企業もあるが、脆弱(ぜいじゃく)な中小企業ではままならない。現金収入を断たれた個人自営業者も多く、混乱の長期化は市民の日常生活に大きな影響を及ぼし国民に疲労感が鬱積(うっせき)し、富者と貧者の格差が一層拡大する。

 それ以上に深刻なのは事態が収束した後に残るであろう国民相互の不信感である。ミャンマー国民の国軍や国軍企業、警察とその家族や関係者に対する憎悪の念は当然色濃く残る。また時間が経ち抗議活動が先鋭化するにつれて、街頭デモやCDMに積極的に参加する市民とそうでない市民との間に無視できない感情の溝もできてしまった。

 こうした心理的なしこりはミャンマーの社会に新たな分断を生み出すことになるだろう。4月13日からは新年を迎える水祭りが始まる。暑季の真っただ中のミャンマーは連日40度近くの酷暑が続く。国民のストレスは極限に達しているに違いない。ミャンマーに平和な日常生活が早急に戻ることを切に願うばかりである。

(注1)CRPH(連邦議会代表委員会):2020年11月の総選挙で当選したNLD議員を中心に結成された臨時政府。承認した外国はまだない。

(注2)CDM(市民不服従運動):市民が職場を放棄して軍政への抗議の意思を示す運動。

【筆者】

元ジェトロ・ヤンゴン事務所長

荒木 義宏(あらき・よしひろ)

 

(KyodoWeekly4月12日号から転載)