「この子が大人になるころ」

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コロナ禍で結婚、2月にキアラちゃんを産んだジョイス・サラサルさん(左)と夫のベルナルドさん=ブラカン州イルデフォンソ町の自宅で(筆者撮影)

 マニラ首都圏北方のブラカン州イルデフォンソ町には住宅地と水田がまばらに広がっていた。2階建ての借家で暮らすジョイス・サラサルさん(27)は、2月に産んだ長女キアラちゃんを母乳だけで育てていた。コロナ禍で仕事を失い、粉ミルクを買う余裕もないからだった。「この子たちは将来、コロナ・ベビー世代などと呼ばれるんだろうね」と彼女は笑顔で言う。

 彼女は昨年6月までマニラの民泊施設でフロント係として働いていた。しかし、新型コロナで外国人客がいなくなり、昨年6月に施設は閉鎖、仕事を失った。

 民泊施設の警備員だった夫ベルナルドさん(30)と親密になったのは、コロナ禍で仕事が暇になり始めた昨年3月ごろ。夫も仕事を失い、出産前の昨年末に親族がいたこの町に2人で移った。

 コロナ禍のフィリピンは今年、ベビーブームとなっている。フィリピン人口委員会のペレス委員長は「昨年150万台だった出産数が今年は230万前後になる」と予測している。

 主な理由は二つだ。

 一つは「世界一長く厳しい」ともいわれてきた政府の防疫措置で外出が制限され、カップルが家の中で過ごす時間が多くなり「ほかにすることもなくて」という分かりやすい理由だ。

 もう一つの理由はコロナ禍での「望まない妊娠」の増加だ。ペレス氏によると、フィリピンではこれまで、地域の保健機関がピルなどの避妊薬を無料で配布してきたが「外出規制や交通機関の運休で保健所まで行けなかったり、保健所前で距離を保って長時間並ばなければならなくなったため、女性が避妊薬を入手しにくくなった」という。

 フィリピンの合計特殊出生率(1人の女性が一生の間に産む子どもの数)は、2010年は3・18だったが、18年には2・58まで下がった。それでも東南アジアでは現在もラオスに次いで高い。フィリピン人の中央年齢は24歳とされ、65歳以上の高齢者の割合は10%にすぎない。高齢化に悩む日本から見ると、うらやましいような人口状況だが、ペレス氏は「人口抑制のため、合計特殊出生率を2・1まで下げることを目標にしていたが、コロナ禍で目標達成が遅れることになってしまった」とむしろ嘆く。

 フィリピンの新型コロナによる累積感染者は約133万人、死者数は2万3千人を超えている。

 その一方で、コロナ禍がなければ生まれなかったとみられる子どもが年内に約80万人生まれる。奪われた命とその数十倍の新しい命の誕生。「悪魔のいたずら」のような事実に戸惑う。

 キアラちゃんを産んだジョイスさんは言う。「この子が大人になるころ、コロナは遠い昔話になり、フィリピンが今よりもずっと良い国になっていてほしい」。授乳する彼女の表情は穏やかで幸福そうだった。

 日刊まにら新聞編集長 石山 永一郎 

 

(KyodoWeekly6月28日号から転載)